2016年7月5日火曜日

英国のEU離脱を歓迎する中国の思惑:

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ダイヤモンドオンライン  2016年7月5日 加藤嘉一
http://diamond.jp/articles/-/94367

英国のEU離脱を受け、
中国共産党人たちがニヤリと微笑む理由

■英国のEU離脱を支持する――。
中国外交部が出した声明の裏側

  「中国は英国・欧州関係をめぐる国民投票の結果を承知している。
 我々は英国国民の選択を尊重する。
 中国は一貫して戦略的高度と長期的角度から中英・中欧関係を発展させてきたし、欧州が自ら選択した発展の道を支持する次第である。
 英国と欧州が関連する交渉を通じてできるだけ早く合意に達することを望んでいる。
 繁栄・安定した欧州の存在は各方面の利益に符合すると考える」

 6月24日、英国社会が国民投票を通じて欧州連合(EU)離脱を選択したことを受けて、中国外交部の華春瑩報道官がこのようにコメントした。
 また、記者から続いた質問に対して、
 「中国は欧州一体化プロセスを支持しており、欧州が国際業務のなかで積極的な役割を果たしてくれることを願っている。
 我々は中国・欧州関係の未来に大いなる自信を抱いている」
と付け加えた。

 私が眺める限り、中国は政府、企業家、知識人などを含め、一定程度において歴史的事件と言える英国のEU離脱劇を密かにウォッチしていた(一般大衆は英国の動向よりも、この期間行われているサッカーのEUROカップのほうに注目しているように見える)。
 英国のEU離脱という国民投票による選択は(2年間という過渡期のなかで一定の不確定要素は存在するものの)、日本だけでなく、中国にとっても多くのインプリケーションをもたらすことは必至であるし、様々な角度・視点からそれらを持続的に分析していく必要があるだろう。

 本連載のテーマは中国民主化研究である。
 したがって、英国EU離脱という事件が中国経済に与えるインパクト、英国・欧州との経済・貿易・金融関係、中国の対外戦略、国際関係などに与える影響に関しては議論せず、筆を改めることにする。
 本稿では、離脱劇が中国共産党政治の発展と将来にどのような影響をあたえるかという一点に焦点を絞って議論を進める。

 英国国民投票の結果が出た約1週間後、中国、特に首都北京は中国共産党成立95周年(7月1日)を大々的に祝った。
 本稿では、その場における習近平共産党総書記の談話もレビューしつつ、中国政治の今後の方向性をプレビューしたみたい。
 本連載で繰り返し主張してきたが、中国民主化研究とは、中国共産党研究である。
  
 早速だが、結論から述べたい。
 政治レベルの発展と展望という観点から見た場合、中国は今回の英国EU離脱を基本的に“歓迎”していると言っていいだろう。
 理由・動機であるが、冒頭で引用した外交部報道官のコメントにも体現されているように、中国は、世界各国、特に英国のように歴史的にも、国際的にも影響力のある西側国家が、自らの国情・体制・歴史・世論などに立脚した独自の進路を歩むことを支持する傾向にある。

キーワードは「独自」「自主」である。

■なぜ英国のEU離脱が
中国の「核心利益」につながるか?

 胡錦濤時代から習近平時代に移行して3年以上が経過した中国共産党指導部は、近年「世界多極化発展」「国際関係民主化」「和諧世界」「新型国際関係」といった概念を国内外に対して提起・主張してきた。
 これらは中国共産党発の世界観を示していると言えるし、裏を返せば、中国共産党が一党支配という前提下において国内を統治する政治的必要性に端を発しているとも言える。

 ・世界は一極的ではなく、多極的に発展していくことが好ましい。

・国際関係において一部国家・地域・プレイヤーだけが発言権を持つのではなく、国家の大小、地域の分布、政治体制やイデオロギーにかかわらず、皆平等に発言権を持つことが好ましい。

・世界各国は互いにそれぞれの政治体制や発展進路、そして国家の核心的利益を尊重し合うことが好ましい。

 前述の概念・世界観にはこのような解釈が見い出せる。
 と同時に、中国共産党が日頃の首脳会談・国際会議・外交交渉・対外発信などあらゆる場面でこのような主張をする背後には、世界がそのように変遷してくれることが、共産党が権威と安定を保持する前提で一党支配を強化していくという、同党指導部の“核心的利益”に符合するという主観的認識・立場が横たわっている。

 だからこそ、英国がEUを離脱することは、同国が独自の国情と方法によって、誰に何と言われようとも、自らの進路を自分で選択したという意味で、中国当局は英国国民の選択を尊重すると言っているのである。

 まさに中国自身がそうだからである。
 “同類”が増えることは願ってもない契機なのである。

 今となっては残り少なくなった社会主義国として、共産党が一党支配する共産主義イデオロギー体として、政治は社会主義であるが経済は市場経済に移行する過程にある独自の政治経済体として、国際社会、特に政治体制や価値観という次元において
 主流的な正統性を持ってきた西側国家のあいだで“分裂的”な現象が生じることを、中国は歓迎する。

 それによって、
 「この世界において独自の道を進もうとしているのは中国だけではないということが間接的に証明できるからだ。
 中国としては、欧州全体が分裂し、EUからあらゆる国家が離脱していくドミノは望まないが、一部国家や民族が独自の主張を展開し、欧州内部で多元的な利益欲求が生まれる状況を好むだろう。
 欧州全体として1つの安定的・繁栄的な政治体・経済体をなし、同地域が独自の道を進むことを支持すると同時に、そんな欧州内部において異なるプレイヤーが併存している状況を中国は歓迎し、支持する」(中共中央統一戦線部幹部)。

 このセンテンスには、中国の“ライバル”米国に対する対抗心&警戒心がにじみ出ている。
 中国は米国が欧州を支配すること、欧州と米国が一体化することに反対する。

 本連載でも適宜扱ってきたが、中国共産党は他国・他地域から自国の政治体制や価値観に対してとやかく言われることを極端に嫌う傾向がある。
 その急先鋒が米国をはじめとした西側自由民主義国家であるが、近年では中国との経済的つながりという観点から中国共産党に遠慮する国家や指導者が増えてきている。
 特に欧州においてはその傾向が顕著に見て取れる。

 この表象は、中国が改革開放以降断続的に蓄積してきた経済力を利用しながら、外交力を応用することを通じて、自らの政治的権益を死守しようという戦略的思考から生まれているように見える。
 この過程で、中国としては、いわゆる“西側国家”が一枚岩ではなく、西側内部にも様々な国家・国益・政策・主張が存在し、世界が多極化していくことを渇望するし、独自の手段や宣伝によってそんな方向性を推し進めようとしてきた。

 「英国は中国が西側世界を切り崩す上でのキー・ターゲットだ」
――前述の統一戦線部幹部はこう主張する(2015年10月27日掲載、連載第63回「習近平が英国に“西側最大の支持者”を求める3つの理由」参照)。

■西側は1つではないという認識を
世界に植え付けたい中国共産党

 その意味で、昨年3月、英国が“突如”中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への加盟を表明し、その後、フランス、ドイツ、イタリアといった西側主要国家、オーストラリア、韓国といった米国の同盟国が五月雨式に続いたことは、西側の一枚岩化を切り崩すという文脈において、中国共産党としては“してやったり”の外交的勝利と総括されるのであろう。

 米国主導の西側世界が構築されるプロセスは、どうしても“西側民主主義陣営 VS 中国社会主義国家”というイデオロギー対立構造を印象づけやすい。
 少なくともそう見えやすくなる。
 そんな構図にメスを入れるべく、中国としてはあらゆる方法・手段を使って「西側はそもそも1つではない」という前提条件をつくりたい。
 それによって、“西側”からの政治圧力を軽減すると同時に、“西側”を含めた世界は“多極的”な発展を見せており、それぞれの国家がそれぞれの道を歩もうとしている、それこそが“民主的”な国際関係なのだという既成事実をつくり出したいのである。

 それが結果的に、中国共産党一党支配体制の正統性を担保するための外交努力になる。
 そんな努力に邁進するのが真の愛国者である――。
 党指導部はそんな風に考えているに違いないし、中国社会において、そのような考えを支持する“愛国主義者”は、少なくとも私の皮膚感覚においてゴマンといる。

 英国EU離脱という事態が、少なくない中国人民の“中華民族”としての民族自決欲求をくすぐっているように見えるのは、私だけであろうか。

 英国がEUを離脱し独自の道を選択するというプロセスは、中国共産党の国内統治にこれまで以上の自信と自尊をもたらしたと私は考えている(対外戦略・経済政策においても同様であると捉えているが、この点に関しては筆を改める)。

■中国が独自の道を歩むことを
印象付ける3つのパラグラフ

 そんな心境を露呈するかのように、習近平総書記は中国共産党成立95周年の記念式典で行った談話において、中国共産党がいかに素晴らしいかということ、中国には共産党領導による特色ある社会主義を突き進む以外に道はないことを繰り返し主張した。
 私が印象深く受け止めたのは次の3つのパラグラフである。

 「歴史や人民が選んだ中国共産党の領導による中華民族の偉大なる復興という事業は正しく、長期的に堅持し、永遠に動揺してはならない。
 中国共産党の領導による、中国人民が切り開いた中国の特色ある社会主義という道は正しく、長期的に堅持し、永遠に動揺してはならない。
 中国共産党と中国人民が中国の大地に根を下ろし、人類文明の優秀な成果を吸収し、独立自主の国家発展を実現する戦略は正しく、長期的に堅持し、永遠に動揺してはならない」

 「全党は自らの進路、理論、制度、文化における自信を断固たるものにしなければならない。
 今日の世界において、どの政党、どの国家、どの民族が自信を持てるかといえば、中国共産党、中華人民共和国、中華民族が最もふさわしいのだ」

 「全党の同志は脳裏に刻み込まなければならない。
 我々が建設しなければならないのは中国の特色ある社会主義であり、他のいかなる主義でもないということを。
 歴史は終わっていない。
 これから終わることもないのだ。
 中国の特色ある社会主義が良いかどうかは事実を見なければならない。
 中国人民の判断を見なければならない。
 色眼鏡をかけた人間の主観的憶測によって決まるのではないのだ。
 中国共産党人と中国人民は完全な自信を持って、人類がより良い社会制度を探索する上で、中国の方案を提供すべきなのである」

 これらの主張をもって、中国共産党が独自の道を歩もうとしていること、西側の自由民主主義に寄り添う気などさらさらないことが容易にうかがえる。
 私個人的には、本連載でも度々登場していただいたフランシス・フクヤマ氏による「歴史の終わり」という論説に真っ向から対抗するかたちで、習氏が
 「歴史は終わっていない。これからも終わることもない」
と断言したのには正直鳥肌が立った(2013年4月23日掲載、連載第2回「歴史は終焉するか? フクヤマ VS 鄧小平 未完のイデオロギー闘争」参照)。

 習近平総書記をはじめとする中国共産党指導部は「歴史の終わり」という言説が「間違っていた」ことを証明するために、意地でも共産党による一党支配を堅持し、西側自由民主主義とは異なる発展の進路や生存のための価値観を模索し続けるであろうし、英国のEU離脱劇は、そんな中国共産党人たちをニヤリと微笑ませたに違いない。