2016年7月12日火曜日

中国経済(2):2033年にゼロ成長に:成長経済から「定常経済」への流れ、年率の成長率の低下が0.35%

_


ダイヤモンドオンライン  2016年7月12日 大西 広 [慶応義塾大学経済学部教授]
http://diamond.jp/articles/-/94389

中国経済は2033年にゼロ成長に陥る

 中国経済の減速が、世界経済の最大のリスク要因の一つとされるなか、今後、同国の成長率はどのように推移するのか。
 マルクス経済学を専門とする大西広・慶応義塾大学経済学部教授が「マルクス派最適成長モデル」を用いて、予想される成長率の長期的低下の予測を行った。

 昨年来の人民元安、株価下落を端緒に、中国経済の減速が、世界経済の最大のリスク要因の一つとみなされている。
 中国経済の減速は、世界経済の最大のリスク要因となっている
中国経済はすでに日本経済の2.5倍、
 アメリカ経済の3分の2の規模に達している(IMF2016年予測)。
 一方、
 実質成長率は2014年に7.3%であったのが、15年には25年ぶりに7%を割り込む6.9%にとどまり、さらに今年の第1四半期の成長率は6.7%となっており、「減速」が続いている。

 この「減速」は当の中国政治指導部における路線対立にも発展しているとの観測がある。
 5月9日付け「中国人民日報」は1~2面に「権威人士」名で、今後の経済回復も困難であるとの記事を掲載したが、これは李克強首相を含む経済関係閣僚の「回復」説と対立するからである。
 この対立は、現在のこの状況を「新常態」として許容するのかどうか、あるいは追加的な財政出動策を採るのかどうかの判断をも左右するから重大である。

 このため、ここで中国研究者が示さなければならないのは、どの程度のどのような成長率の低下が妥当なものであるかの判断材料の提供である。
 そして、その目的で、成長率の長期的低下を、経済発展のひとつの法則的な帰結として表現するモデルの開発と実験を筆者は行なった。
 その結果を簡潔に示すと 図表1のようになる。

◆図表1 モデルが予測した中国経済の成長率の低下スピード

 このモデルの基本的な構造を簡単に解説しよう。
 ポイントは、経済成長が永久に続くとするようなモデル(その典型はしばらくアメリカで流行った「内生的成長モデル」)ではなく、
★.各国経済には1人当たり資本ストックの長期的な均衡状態があることを導くモデルとなっていることである。

 たとえば、今、生産「Y」、資本ストック「K」、総労働投入量「L」として

Y=AKαLβ

 というようなマクロの生産関数があるとしよう
 (社会全体に存在する生産設備=資本ストックと投入される労働量の組み合わせで生産量が決まるとイメージしてもらえばよい)。

 この時、Kの増大もLの増大も、それらはともに生産Yの増大をもたらすが、そこでLの増大でなく、Kの増大でこの生産増を実現できるなら、1人当たり生産の増大を実現できることは火を見るより明らかである。
 実際、日本の高度成長も中国の高度成長も、設備投資=資本ストックの増加によって実現されてきた。

 しかし、問題はそのKも実は労働の産物だから、結局、どの程度のKとどの程度のLで生産をすべきかが決まる。
 このことをミクロで表現すると、
 最適な資本労働比率(K/L比)
がある、ということとなる。

 このため、最適なK/L比を求めて経済は長期に成長することとなるが、これは逆にいうと、その時点で「最適」な1人当たり国民所得(Y/L比)が決まることとなる。
 つまり、何のことはない。
★.途上国が成長する一方で先進国が低成長(ないしゼロ成長)なのは、
 すでにその時点に先進国が達しているからである。
★.成長率の長期的低下は経済の自然な流れなのである。

 なお、この計算を詳細に分析するために、以上の生産関数の推計はこのモデルでは、資本財生産部門と消費財生産部門に分けてなされている。
 この生産関数推計で計算された各種のパラメーター
 (上記の式ではA,α、βに相当するもの)によって、
 初めて1人当たり資本ストックの長期均衡値が計算できる
からである。

 ところで、このような2部門モデルによる計算が重要な理由のひとつに、
 マクロの総労働と総資本ストックのそれぞれが「ターゲット」においてどのような配分比率とならなければならないかの計算ができるということもある。
 このため、「ターゲット」における1人当たり資本ストックを、さらにまた総資本ストックおよび総労働の2部門への配分比率を2009年現在の数字と比較して次の図表2表のようにまとめた。

◆図表2 計算された「ターゲット」時点の中国経済の姿と現在との対比


 図表2は来たるべき「ターゲット」時点での中国経済が、「現在」からどれほど違ったものでなければならないかを示している。
 1人当たり資本ストックの蓄積水準が、現在とは相当に違ったレベルとなることが示されていると同時に、投資主導の経済といわれるように、投資財部門にあまりに偏った現在の産業構造が、根本的に転換されなければならないことを示しているからである。

 第1の特徴は資本ストックの両部門に対する配分比率には大きな変化は必要とされないということである。
 これは鉄鋼、化学など大規模な生産設備を必要とする資本財部門に比べて、
 消費財部門はそれほど大きな設備は必要としないという直感とも一致する。

第2の特徴は現在総労働の76%を吸収している資本財部門から、
 全体の実に67%にあたる人員が消費財部門に移動しなければならないことが示されている。
 部門間の資源の移動は、資本に比べてスキルや再教育が必要な労働力において特に困難であるから、これは深刻である。

 実のところ、冒頭で述べた中国指導層における路線対立のひとつの焦点と、このことは深く関わっている。
 というのは、財政支出などによる景気刺激策は現状の産業構造を前提とするもので、それは産業構造の転換にとって否定的な効果を持つからである。
 したがって、李克強をはじめとした財政出動派を抑えた「権威人士」は、当面の対策よりもこうした長期の構造転換こそを重視したと言える。
 これは李克強をも抑えたのだから、習近平総書記サイドの考え方と言える。
 つまり、我々の計算結果は「権威人士」、
 習近平とつながる現在の中国の政策運営の基本的立場を支持することとなる。

 しかし、これは逆にいうと、中国経済の構造的偏りがいかに深刻であり、産業構造の転換がいかに困難を伴うものであるかを示している。

 この深刻さを示すために中国経済がこの間、ますます投資依存となってきていることを示すグラフ(図表3)もご覧願いたい。
 この依存度はリーマンショック後にさらに高まっているが、これが当時における4兆元の財政出動の帰結である。
 これが分かっているからこそ、今回の財政出動が抑えられているのである。


◆図表3 中国経済の投資依存度

■2033年前後に訪れる
中国経済のゼロ成長化

 ところで、こうして総資本ストックや総労働が計算された値になれぱ、
★.経済は定常化し、よってゼロ成長となるが、
 逆にいうと、
★.そうならないまでは経済が成長するので、
 総資本ストックと総労働が「現在」の配分比率から「ターゲット」=定常時点の値まで一定スピードで変化すると仮定すると、当然その期間は資本蓄積と経済成長が続くこととなる。

 だが、すでに「ターゲット」の1人当たり資本ストックは決まっているので、問題はそれに到達した時点でちょうど資本蓄積と経済成長が停止するような「スピード」はどの程度か、ということとなり、これもまた我々のモデルで計算することができる。
 計算上は、先に「ゼロ成長化」の時点が確定し、
 次に年率の成長率の低下が計算される。
 その結果は、
 「ゼロ成長化」が2033年前後、
 年率の成長率の低下が「0.35%」
というものとなった。
 この結果も示唆的である。
 なぜなら、たとえば上述した2014年から2015年までの成長率の低下も、ほぼ正常なものと言えるからである。

 これに加えて興味深いのは、
★.「ゼロ成長化」の2033年という数字は、
 日本における「ゼロ成長化」の1990年前後に比べて、ほぼ「40年の差」がある
ということである。

これは、2016年現在の中国が1970年代半ばの日本に等しいことをも示すから、
 これはちょうど日本の石油ショックと同様の経験を現在の中国がしている
ということとなる。
 日本経済はこの混乱の中で高成長から中成長への転換を遂げた。
 このことからすれば、中国における現在の「混乱」はこれまで「常態」であった高成長から、「新常態」たる中成長への転換を経験しているということとなる。

 なお、こうして到達する2033年の中国のGDP総額は、2009年の6倍強と計算された。
 これはすでに「ゼロ成長化」している日本のGDPの約5倍となる。
 もっとも、中国の人口は日本のほぼ10倍であるから、
 それでも1人当たりGDPに直すと日本の約半分である。

[注★] 日本との差が40年であれば、韓国との差が20年という考えもありうる。
 そして、そうすると現在の中国は1990年代半ばの韓国ということになろうか。
 韓国はちょうどその頃、アジア通貨危機に見舞われ、その結果成長率が高成長から中成長に転換することとなった。

■果たして中国経済は
「強い」のか「弱い」のか

 こうして考えると、中国経済は常に「強い」というイメージと「弱い」というイメージの両方を備えているが、この両方がこの予測によって矛盾なく示せたとも言える。

 このことは米国経済との比較によっても言えるだろう。
 米国経済は日本と違って順調な成長を続けているように見えているが、実際は人口増による効果が多く、1人当たりでは日本と同程度の成長しかしていない。
 したがって、
 アメリカ経済ももしこの「ゼロ成長」が続くとすると
 2033年の中国経済はその2倍程度の規模を獲得することとなる。

 これは「強い中国」のイメージを形成することとなる一方、産業構造の転換の難しさ、1人当たりGDPでは「弱い」というイメージとなるだろう。

 私はいつも学生に向かって
 「君たちがビジネス界でもっとも活躍するのは30年後だ」
と言っている。
 現在20歳前後の学生が50歳前後となるは30年後だからである。
 が、その「30年後」を本当に見据えて就職活動をしている学生は少ない。
 以上の予測はこれより短い「20年後」の世界についてのものであるが、それでもこれほど大きな変化がある。
 ビジネス界で活躍の諸氏も是非考慮に入れられたいところである。

 実のところ、以上の計算を行ったモデルは「マルクス派最適成長モデル」と呼ばれ、どの国もが高成長→中成長→低成長の道を必ず通過するとの上記の法則の表現をひとつの目的としたモデルである。
 マルクス経済学も現在では生産関数を推計し、部門間比率の移行過程を分析するようなモデルの研究が行われるに至っている。
 詳しくは、『中成長を模索する中国』(大西編、慶應義塾大学出版会、2016年)の第7章を参照されたい。





現代ビジネス 2016年07月12日(火) 町田 徹
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49148

中国の「過剰な生産能力」が誘発する世界貿易戦争
〜日本の鉄鋼業も巻き添えで大迷惑
各地で高まる保護主義のうねり

■貿易戦争勃発か

 保護主義のうねりが高まってきた――。
 世界各地で、中国製の鉄鋼製品を狙い撃ちにして、反ダンピング関税(AD)の賦課など「貿易救済措置」の発動を求める調査の開始ラッシュが起きている。

 業界団体の調べによると、今年(2016年)初めから6月9日まで5ヵ月強の間に、調査開始件数は25件に達しており、過去最多を記録した昨年(2015年の46件)を上回る勢いだ。
 背景には、リーマンショックを挟んで生産能力を大増強した結果、
 過剰生産設備を抱えた中国による世界各地への鉄鋼製品の輸出拡大問題がある。

 貿易救済措置は、世界貿易機関(WTO)の協定で不公正貿易に対する救済手段として認められているものだが、恣意的に運用されれば保護主義と紙一重の危うさがある。
 鉄鋼貿易を正常に戻すには、中国の過剰生産能力を圧縮して、市場実勢を無視した廉売を無くす必要がある。
 ところが、一昨日(7月10日)閉幕した「上海・20カ国・地域(G20)貿易相会合」で、当の中国がこの問題を議題にすることを頑なに拒む場面があったという。
 こうした対応は、貿易救済措置の保護主義的な乱用を煽り、通商摩擦や貿易戦争を招くことになりかねない。

■3つの貿易救済措置

業界団体が調べた貿易救済措置は、

①: 国内価格より低い価格でダンピング(不当廉売)輸出し、輸入国の国内産業が被害を受けている場合、価格を是正する目的で関税を課す「反ダンピング関税」措置

②: 政府補助金を受けて生産した物品の輸出によって、輸入国の国内産業が損害を受けた場合、補助金の効果を相殺するために付加する「相殺関税(CVD)」措置

③:特定品目の輸入急増により、国内産業が重大な損害を受けていると認められ、かつ、国民経済上、緊急の必要性がある場合、損害を回避するために関税の賦課か、輸入数量を制限する「セーフガード(SG)」措置

の3つだ。


●グラフ

 ここに掲載したグラフを参照してほしい。
 鉄鋼製品を巡る貿易救済措置発動を求める調査開始は、2000年頃の、米企業による日本製の鉄鋼製品を巡るダンピング提訴が相次いだ時期を境に沈静化。
 2007年には世界中で8件と落ち着いていた。

 ところが、2008年秋のリーマンショックを受けて、他国からの輸出急増を警戒する声が各地で広がり、貿易救済措置の発動を求める機運が高まった。
 ただ、この時期は、G20諸国を中心に冷静な対応を求める流れも根強く、2010年の17件をピークに、2011年は13件と減少に転じた。

 だが、着々とマグマは溜まっていた。
 中国が生産能力を急ピッチで増強していたのだ。

■巻き添えを喰らう日本

 中国の粗鋼生産量は、リーマンショック前に年産5億トンに満たなかったが、2011年に7億トンを突破。さらに増加を続け、2014年に8億2275万トンに達した。
 これは、世界第2位の日本の「7.4倍」の規模である。

 世界経済の成長ペースと比べて巨大過ぎる生産能力の増強と、中国国内の不動産バブルの崩壊が相まって、各国は鉄鋼製品の供給過剰に悩まされることになり、2012年以降の貿易救済措置の発動調査の新規開始ラッシュが始まったのだ。

 元凶が中国であることは、対象を特定国に絞る反ダンピング関税と相殺関税の賦課を求める新規調査動向を見れば、明らかだ。
 2013年から2016年6月9日までに開始された両措置を巡る調査は合計で106件あるが、このうち中国が被提訴国となったケースが68件とワーストだからだ。
 以下は、2位が韓国(33件)、3位台湾(20件)、4位日本(18件)となっている。

 ちなみに、日本の場合、最近は中国だけが賦課関税の対象となると、中国に代わって日本からの輸入が急増する懸念があるとして、被提訴国に加えられる例が多く、
 「中国の巻き添えになって、これほど迷惑なことはない」(大手鉄鋼会社)
という。

 巻き添えとはいえ、業績への影響は大きい。
 例えば、米国際貿易委員会(ITC)が6月22日に反ダンピング課税などの賦課を最終決定した、家電製品などに幅広く使われる冷延鋼板のケースがわかり易い。
 中国製品には反ダンピング課税(265.79%)と、政府補助金に対する相殺関税(256.44%)の両方が賦課されることになったが、日本製品にも反ダンピング課税(71.35%)が課されることになったからだ。

 日本の2015年の冷延鋼板の対米輸出実績は14万5962万トン(1ドル=100円換算で、約154億円)だ。
 買い手にとって、事実上、7割を超す値上げだけに、買い手がこの負担を嫌えば、新日鉄住金やJFEスチールの対米冷延鋼板輸出が今後数年にわたってゼロになりかねない。

 冷延鋼板だけでも無視できないリスクだが、大手鉄鋼メーカーによると、各種の貿易救済措置がすでに発動されているものと調査中のものをあわせると、各地で合計31品目が対象になっている。
 経営への影響は決して軽微とは言えない。

■鉄鋼は国の経済力の”ものさし”

 今後、こうした貿易救済措置が続々と開始される可能性も否定できない。
 2016年年初から6月9日までの調査開始の内訳を見ると、反ダンピング関税、相殺関税のいずれかの賦課を求めるものが5ヵ月余りで20件と、過去最高だった昨年(40件)を上回る勢いとなっている。
 また、セーフガードの発動を求めるケースも5件と、過去最大だった2014年(7件)を大きく上回る勢いだ。

 プロイセンの鉄血宰相ビスマルクの演説が元とされる「鉄は国家なり」という言葉を引くまでもなく、鉄鋼は今なお一国の経済力のものさしだ。
 中間財である鉄鋼の不公正貿易を貿易救済措置で無くしても、代わりに輸出国が家電製品や自動車として製品化して輸出すれば、保護主義的な輸出入政策がエスカレート、通商摩擦や貿易戦争が勃発してもおかしくない。
 そうした摩擦は貿易そのものを減らし、中国バブルの崩壊や英国の「EU離脱」で減速が確実な世界経済の足を引っ張るだろう。

 7月9日、10日の2日間、中国・上海市で開かれたG20貿易相会合は、国際協調を打ち出すことで、そうした減速懸念を沈静化する好機だった。
 共同声明に「鉄鋼などの過剰生産能力は協調した対応が必要だ」との文言を盛り込み、かろうじて国際的な亀裂は回避した。

 しかし、舞台裏では、体裁にこだわる議長国の中国が「構造問題を貿易相会合で議論するのは不適当だ」と抵抗、日米欧の集中砲火に遭い、過剰生産問題は「(世界の)貿易と労働者にマイナスの打撃を与えている」と声明に盛り込むことになったという。
 鉄鋼業では、生産調整で高炉の火を消して大量の人員整理をするより、赤字でも国内で捌き切れない製品を輸出して操業を続けたほうが、経営陣にとって労務対策が楽である。
 また、中央政府の方針に従わず、地元での失業発生を嫌う地方政府が補助金を拠出し続けており、こうした問題先送り型の経営を支えているという。
 中国ならではの根深い問題だ。

 しかし、中国の過剰生産製品の輸出は、失業の輸出との批判を招き、世界各地で保護主義を勢い付かせかねない。
 中国では、粗鋼生産世界5位の宝鋼集団と同11位の武漢鋼鉄集団の2国営企業を統合、過剰生産体質の是正に着手する動きがあるという。

 今年9月に浙江省杭州市で開くG20首脳会合までに、目に見える形で過剰生産能力の圧縮策を打ち出して、保護主義を勢い付かせずに国際協調路線を維持することは、同会合の議長国としての責務だろう。