2016年7月30日土曜日

混濁する中国の権力闘争(1):苛立ちか自信か、習近平の共青団潰しの策

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Record china配信日時:2016年8月7日(日) 6時20分
http://www.recordchina.co.jp/a146862.html

習近平の共青団潰し、
ついに改革プランを公表
=存在感失う「団派」―米メディア

●3日、米ラジオ局ボイス・オブ・アメリカ中国語版サイトは記事「共青団中央の定員削減、存在感失った団派」を掲載した。
 胡錦濤をはじめ数々の国家指導者を輩出してきた共青団が変革の時期を迎えている。
 写真は共青団の徽章。

 2016年8月3日、米ラジオ局ボイス・オブ・アメリカ中国語版サイトは記事
 「共青団中央の定員削減、存在感失った団派」
を掲載した。

 中国国営通信社・新華社によると、中国共産党中央委員会は2日、「共青団中央改革プラン」を公布した。
 共青団、すなわち中国共産主義青年団は14歳から28歳までが所属する、中国共産党の下部組織。
 幹部である共青団中央委員会への所属は出世コースで、胡耀邦、胡錦濤、李克強など国家指導者を輩出している。
 共青団出身者による派閥「団派」も強い影響力を持ってきた。

 令計画ら汚職官僚を生み出したこと、出身者は地方での現場経験を欠いていることに習近平総書記は不満を抱いており、かねてより共青団は「硬直化している」と批判していた。

 ついに改革に着手することとなったが、
 発表されたプランでは共青団中央委員会の定員削減と、
 現場により多くの人員を割くこと
が盛り込まれた。



レコードチャイアナ 如月 隼人配信日時:2016年7月31日(日) 11時30分
http://www.recordchina.co.jp/a145992.html

<コラム>中国政権に改めて異変の兆候
=全国規模の水害対策でも習近平主席の存在感、
李克強首相の影薄く

 中国では6月末から7月中旬にかけては湖北、湖南、江西など南部各省で、7月下旬には河北省など北部各省で水害被害が相次いでいる。
 中国では民政分野の問題が発生すれば首相が前面に出て指導する方式が定着していたが、今回の全国規模の水害では習近平主席の存在感が目立つ状態が続いている。

 中国の国家主席は英語では「president」と訳されていることでもわかるように、国家元首であり政権の最高指導者だ。
 さらに国家主席は共産党トップの総書記と中央軍事委員会主席とを兼任することになっており、軍事・武力部門と政権党においても最高指導者という、極めて強い権限を持っている。

 一方の首相は「行政組織の責任者」の位置づけで、国家主席と比べて地位はかなり低い。
 しかし江沢民政権下の1998年から03年まで在任した朱鎔基首相の時代に、経済や民政分野の具体的問題に対しては、首相が前面に立って指導し、国家主席は首相を「立てる」方式が定着した。

 次の胡錦濤政権でも同様で、経済や民政、さらに四川大地震(08年)や高速鉄道事故(11年)の際にも、現地に飛んで陣頭指揮をする温家宝首相の姿がクローズアップされた。

 習近平政権でも当初は同様で、特に経済問題については李首相の活躍が目立った。
 しかし16年春ごろからは、習近平主席の経済問題についての発言が目立つようになった。
 そのため、習主席と李首相の「対立説」が出た。
 個人的な思想の違いや確執が原因ではなく、習主席が抱える共産党内の経済担当部門と李首相の手足である国務院(中国中央政府)の経済官僚の意見が対立し、“親分”同士の関係が難しくなったとの見方だ。

 中国共産党中央も国務院も北京市中心の故宮博物院の西側にある「中南海」と呼ばれる敷地内にあるが、共産党中央の建物は中南海の南寄り、国務院は北寄りなので、両者が対立しているとして「南北院戦争」などの言い方も出たほどだ。

 経済政策について、李克強首相と国務院の官僚は内需拡大を重視し、そのための規制緩和を加速しようとしている。
 いわゆる「リコノミクス」だ。

 共産党の経済専門家は、李克強首相が通貨供給量を増やしたことなどを厳しく批判。
 5月9日には共産党機関紙の人民日報が、「リコノミクス」を事実上、厳しく批判する論説を掲載した。

 6月末からの全国的な洪水・土砂災害多発については、人民日報が7月24日付で、
 「1カ月に3度語った。習近平はこのように言った」
と題する記事を掲載。
 一連の被害に対して、習近平主席自らが、関係者を叱咤激励して対策を指導している状況を強調した。

 中国で洪水対策は通常「抗洪」と呼ばれる。
 インターネット検索大手のグーグル(中国語版)で日本時間24日午後7時、「李克強 抗洪」の2語でニュース検索してみたところ、ヒットした記事は9万6000本だった。
 一方、「習近平 抗洪」で検索するとヒットは16万1000本。
 洪水対策でも習近平主席の存在感が極めて強く、李克強首相は“影が薄い”という異常な状態が続いている。(7月31日寄稿)

■筆者プロフィール:如月 隼人
日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。



毎日新聞 2016年8月5日 金子秀敏 / 毎日新聞客員編集委員
http://mainichi.jp/premier/business/articles/20160803/biz/00m/010/009000c

習近平外交失敗が招いた中国孤立化と党内闘争

 中国の「大国外交」が行き詰まり、国際社会で孤立が深まっている。
 外交の混迷は、習近平国家主席の威信低下を招き、李克強首相を先頭に批判勢力の動きも活発になっている。
 来年の共産党大会を控えた政局は不透明感が強まる。

■チャイナマネーで躍進も"強軍大国"化で軋轢

 習近平政権は2012年の発足以来、ロシアとのエネルギー、安保協力を土台に欧州連合(EU)に接近するユーラシア横断外交に乗り出した。
 「一帯一路(いったいいちろ)(陸のシルクロード・海のシルクロード)」外交という壮大な構想とアジアインフラ投資銀行(AIIB)などチャイナマネーの力で世界を引きつけた。
 その一方で、太平洋方面では海空軍力を大幅に増強し、米国の軍事的なプレゼンス(存在感)を「ハワイの向こう側」まで後退させる「米中・新型大国関係」の受け入れをオバマ米大統領に迫った。
 これに対して米国は、ミサイル防衛(MD)網のアジア配備を柱とする「アジア・リバランス(再均衡)」政策で応じた。

 中国が、南シナ海のサンゴ礁を次々に埋め立てて滑走路やレーダーなど軍事施設を建設、米軍の排除に出ると、米国は軍艦を接近させる「航行の自由作戦」で対抗、軍事的緊張が高まった。
 中国の「強軍大国」化はベトナム、フィリピン、インドネシアなど近隣国との関係を悪化させる負の外交効果を生んだ。

 フィリピンが国際仲裁裁判所に提訴した南シナ海の海洋主権に関する仲裁判決が7月に出て、南シナ海のほぼ全域が中国の主権に属するという中国の「歴史的権利」主張は「無効」とされた。
 中国は
 「判決は紙くずだ。受け入れない」
と声明を発表したが、
 国際法上の判断が出た事実は動かず、
 南シナ海で航行の自由作戦をする米軍を中国軍が強制排除する正当性はなくなった。
 手痛い外交敗北だ。
 支持取り付けに周辺国への巨額援助を迫られている。

■蜜月だった英国はEU離脱、
 ロシアも韓国も中国離れ

 それだけではない。
 一時は米国をしのぐソフトパワーのシンボルと世界が期待した「一帯一路」外交も、揺らぎ始めている。
 昨年、習主席は経済成長が低成長期に入ったことを意味する「新常態」を宣言し、上海株が暴落、人民元が下がり、中国から資本流出が増えた。
 人民元経済圏構想と表裏一体の一帯一路構想は急速に色あせた。
 米国を抜くという「中国の夢」も消えつつある。

 昨年秋、習主席が鳴り物入りで英国を訪問し、高速鉄道、原発、ロンドン金融市場での人民元交換などを決めて活を入れたが、今年6月、英国がEU離脱を決めた。
 英国を拠点にして欧州へ進出するという「陸のシルクロード」外交戦略は揺らいだ。

 盟友のロシアも、中国が南回りの「海のシルクロード」で地中海から欧州進出を目指すことに警戒を強め、南シナ海問題では自由航行権を支持する側についた。
 「陸のシルクロード」の目玉プロジェクトとされる、モンゴルの水力発電所建設計画では「バイカル湖の水源が枯渇する」と強硬に反対した。

 高速鉄道の輸出も、高速鉄道車両を製造している中国国有企業がシンガポールに輸出した鉄道が部品の亀裂で返品されたほか、キャンセルや計画中断が相次ぎ、習主席の外交成果にはなっていない。

 AIIBの副総裁国にして一帯一路に取り込んだはずの韓国が、中国が恐れる米国の「終末高高度防衛(THAAD<サード>)ミサイル」の配備に同意したことも、習主席が主導した対韓傾斜外交の失敗で、中国は急きょ、北朝鮮との関係改善に転換した。
 王毅外相の責任がとりざたされているが、本質は習近平外交の失敗だ。

 党内では経済政策をめぐる習主席と李首相との対立が顕在化しているが、外交路線でも指導部内の溝が拡大してきた。



WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2016年08月08日(Mon)  岡崎研究所
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7452

習近平と解放軍の駆け引きで中国NSC機能せず

 米国防大学中国軍事問題研究センターのウスナウ研究員が、Foreign Policy 誌ウェブサイトに6月30日付で掲載された論説において、中国の中央国家安全委員会の活動実態が見えないことについて、解放軍や官僚組織の抵抗にあっているのではないかとの推測を示しています。
 要旨、次の通り。

■第一回会議後、音沙汰なし

 中国の中央国家安全委員会(NSC)は習近平によって2013年末に設立された。
 しかし、その全構成員は公表されたことはないし、14年4月以来、公表された会議の開催もない。
 国内外の危機対応におけるその役割は明確ではない。
 当初、このNSCの支持者たちは、強力で十分な人員を持つNSCを持つことによって、危機に対してより効率的な対応をすることができ、政策決定者への情報提供を増やし、軍や外交部、情報機関などの諸組織の活動を統合できると主張した。
 既存の体系では、課題ごとに場当たり的に対応し、官僚組織を統合する中心的な機構も欠如していた。
 NSCはこの体系を打破することが期待された。

 多くの観察者は、習近平が就任後の早い時期にNSCを設立したことは、その権力確立の能力を示すものだと考えた。
 14年1月、政治局は
 NSCが「全体的な計画を制定し、国家安全保障に関する主要問題と主要業務の調整を行う」
と発表し、習近平を主席とした。
 14年4月には、NSCの第一回会議が開かれ、「総合的国家安全保障観」を定めた。
 しかし、奇妙なことに、それ以来何もないのである。

 NSCが関わるべき問題がなかったわけではない。
 15年3月のイエメンからの中国人の脱出、15年4月の天津での爆発事件、南シナ海での係争など、いずれの問題でもNSCの反応は確認されていない。

★.一つの可能性は、中国共産党がNSCの活動を極秘にしているということである。
 NSCは何か役割を持っているが、公表されていないだけかもしれない。
 しかし、秘密主義の強い中央軍事委員会ですら会議の開催や決定を公表していることを考えれば、そうとは思えない。
 また、NSC設立が習近平の権力確立のためだとすれば、習近平の指導の下での前進と成功を示すNSCの活動を公表しない理由はないはずである。

★.NSCはまだ発展途上にあるとも考えられる。
 内部の決定過程や権力構造、人事などはまだ決定されていないという可能性である。
 しかし、これもNSCに関する情報を公表しない理由にならない。

★.最もそれらしい説明は、
 エリートや官僚組織がNSCの発展に対して抵抗、妨害をしているという可能性である。
 この説明は、最近の習近平の統治に対して党内で反対が生じている状況にも符合している。
 官僚組織に関しても、誰がNSCに参加すべきで、NSCがどの組織と調整を行うべきかについても議論があったはずである。
 しかし、重要な当事者である軍には文民部門と協力するインセンティブはない。
 また、NSCは中央軍事委員会と国務院とも業務の重複がある。
 中央軍事委員会と国務院を支持する者たちは、主導権を残すことに成功しているようである。

 NSCに関する沈黙は習近平にとって良い兆候ではない。
 それは、習近平がNSCを実質的な機能を持つ組織にすることに失敗したことを示す
 もし上に挙げたエリートや官僚組織の抵抗という説明が正しければ、習近平の指導権確立に対しては疑問が呈されざるをえない。
 今この瞬間、NSCは習近平の弱さの表れとなっている。

出典:Joel Wuthnow,‘China’s Much-Heralded NSC Has Disappeared’(Foreign Policy, June 30, 2016)
http://foreignpolicy.com/2016/06/30/chinas-much-heralded-national-security-council-has-disappeared-nsc-xi-jinping/

 この論評は正鵠を射ており、違和感はほとんどありません。
 取り上げられている問題は、習近平と人民解放軍との関係を判断する上で、重要な論点でしょう。

■人民解放軍との駆け引き

 しかし、もう一つの可能性を考えておく必要があります。
 それは習近平が人民解放軍との関係調整に手間取っていることと関係します。
 2015年11月末、共産党中央軍事委員会・改革工作会議で軍事改革案を決定しました。
 極めて大胆で野心的な改革案であり、近代戦を戦い勝利する軍隊をつくると言いながら、その実、将軍たちから習に実権を移すものです。
 しかし、これで勝負ありということではありません。
 実施段階の方がさらに困難を伴うものです。
★.人民解放軍と習との駆け引きと力比べはまだ続いている
とみておくべきです。

 ここがすっきりしていないので、NSCを動かせないでいるのではないでしょうか。
 それに、この軍改革により、中央軍事委員会を強化した上で、習がその中央軍事委員会を通じて直接、軍を統括できるようになれば、習にとってのNSCの重要性もその分、落ちることになります。

 さらに来年の党大会が重くのしかかってきます。
 しかも現時点をとれば
 党中央が分裂気味であることが外から感知できる
ほどです。
 そういう時ほど人民解放軍の支持が重要になります。
 習は軍に軸足を置いて政権運営をしているように見受けられます。
 南シナ海政策も軍が牛耳っているようです。
 この状態は来年の党大会まで続くでしょう。
 そこでどの程度、習の政権基盤を固めることができるか、それによってNSCのまとまり具合も自ずから決まるでしょう。



毎日新聞 8月15日(月)7時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160815-00000016-mai-cn

尖閣強硬・党内締め付け 
習指導部「1強」固め

 【上海・林哲平】
 中国共産党幹部が重要課題を非公式に話し合う北戴河会議に合わせ、習近平指導部が「1強」体制固めを急いでいる。
 連日、沖縄県・尖閣諸島周辺に公船を出没させて領有権を強く主張。
 「貴族化」した党幹部らの責任を厳しく問う方針も打ち出している。
 来秋の党大会の次期指導部ポスト争いが激化しているとの見方が強まっている。

 ◇北戴河会議

 中国が「核心的利益」と位置付ける南シナ海での権益主張について、仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)は先月12日に「歴史的権利には法的根拠はない」と退ける判決を出した。
 「中国外交の敗北」(党関係者)との批判が広がりかねない判決を受け、習指導部は矢継ぎ早に大胆な政策を打ち出した。

 仲裁裁判はフィリピンが申し立てたものだが、中国は判決に従うよう表明した日本に反発。関連は不明だが、今月5日以降、中国海警局の公船や漁船数百隻が尖閣諸島の接続水域を航行し、領海侵入を繰り返している。

 日本政府が尖閣を国有化した直後の2012年9月に中国公船12隻が同時に航行したが、今回はこれを上回る異例の事態だ。
 9月上旬には中国・杭州で主要20カ国・地域(G20)首脳会議が開催されるため、中国船は日米との摩擦を避けて短期間で撤収するとの観測もあったが、現在まで実現していない。

 ◇共青団を「改革」

 習指導部の強硬姿勢は日本だけでなく、党内にも向かっている。
 党中央弁公庁は今月2日、「中国共産主義青年団(共青団)中央改革計画」を発表。
 新華社通信は「習総書記が重要な指示を何度も出した」と伝えた。

 共青団は14~28歳を対象にした青年組織で団員数は約8600万人。
 出身者は「団派」と呼ばれ、李克強首相のほか胡錦濤・前国家主席や李源潮国家副主席らが有名だ。
 最高指導部の政治局常務委員(7人)には李首相だけだが、その候補となる政治局委員(18人)では多数の団派が昇格を目指す。

 共青団に対して習氏は最近の党会議で「大衆から遊離した存在」と批判。
 先月には胡氏の元側近で団派の中心的人物、令計画・前党中央統一戦線工作部長が収賄などの罪で無期懲役判決を言い渡され、団派の地方幹部の失脚も続く。

 保守的な習氏と改革志向のある団派との路線の違いが指摘される中、北戴河会議と重なる時期の改革計画発表に、
 共青団側には「来るものが来た。いよいよ手を突っ込まれるのか」(上海共青団OB)
との警戒が広がる。

 ◇上海閥に厳しく

 さらに強い危機感を持って会議に臨んでいるとみられるのが江沢民・元国家主席を中心とする「上海閥」だ。
 市トップの党委書記を務めた上海や出身地の江蘇省の人脈だが、習指導部の徹底した反腐敗運動の標的となり影響力は大きく低下。
 さらに習指導部は6月末に「共産党問責条例」を制定、腐敗に関与していなくても「職務怠慢」などを理由に責任を問う方針だ。
 常務委員には党序列3位の張徳江・全国人民代表大会常務委員長らが一定の存在感をみせているものの、「68歳定年」の慣例が踏襲されれば習、李両氏を除く5人の常務委員全員が来秋の党大会で退任することになる。
 次の指導部入りの可能性がある人材にも乏しい。

 一方、習氏は2期目の政権運営を盤石にするため、人事面での布石を重ねている。
 22年間に及ぶ浙江、福建両省での在任時代に交流を持った省幹部や軍人が中心で、浙江省党委書記時代に地元紙に連載したコラムの題名から「之江(しこう)派」とも呼ばれる。

 6月には江蘇省の羅志軍・党委書記が定年を前に職を解かれ、後任に李強・浙江省長が就く人事が明らかになった。
 李氏は習氏の同省党委書記時代に秘書役を務めた「之江派」の一人。
 江蘇省は江氏の出身地で、団派の大物、李源潮国家副主席の地盤でもあることから地元では両氏に対する切り崩しではないかとの声もある。

 【ことば】北戴河会議
 北京に近い避暑地・北戴河(河北省)で夏に開かれる中国共産党指導部の非公式会議の総称。
 党・政府機関の事務所が移転し、指導者と外国要人との会談なども行われる。
 「北戴河」は清代末から外国人主導で開発されたリゾート地。新中国建国後、水泳好きの毛沢東主席が休暇で訪れるようになり、重要議題を話し合うようになった。
 2003年の新型肺炎(SARS)流行の影響で停止されたが、12年ごろに再開された。



ダイヤモンドオンライン 2016年8月30日 加藤嘉一
http://diamond.jp/articles/-/100260

習近平が若者の政治エリート登用にメスを入れる狙い

■中国共産党成立の1年前に組織された共産主義青年団(共青団)

 エリート大学生のあいだで
 「今後共青団を通じて政治エリートになることは難しくなる」
といった類の認識が広まってしまうようなことになれば、
 国際社会で普遍的に認識されるエリートという集団が中国で育成され、政治の舞台で活躍する道が閉ざされてしまう。

  2005年4月9日、北京でいわゆる“反日デモ”が起きた。
  一部暴徒化したデモ隊が北京の日本大使館に向かって卵などを投げつけている光景を覚えている読者もおられるであろう。
  小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝反対、日本の国連常任理事国入り反対、“歴史の改ざん”反対などが、デモ組織者や参加者が横断幕として掲げる内容であった。
 少なくとも表向きはそうであった。
 デモ発生前、中国に進出している日本企業が、中国政府が“問題”としてきた歴史教科書を支援しているとして、日本企業やその製品に対する風向きが強まっていった情景を覚えている。
 デモ現場には、“日貨排斥”、“愛国無罪”といった掛け声が集団的に放たれていた。

  デモ発生直前の4月7日深夜、当時私が学んでいた北京大学のクラスメートと“反日デモ”が起こるプロセスに関して話をした。
 この学生は、
 9日の朝8時半には北京大学南門から徒歩10分ほどの場所に位置する中関村海龍大廈の前にデモ組織者が集まること、
 当日は公安が現場に入り、監視監督を行うこと、
 組織者には北京大学の学生が含まれていること、
 そして各学部の関連機関に対してデモには参加してはならない旨、
 当日、不当な言動を行う、あるいは行いうる学生に対する監視を強化する旨
を伝達したことなどを私に語った。

  この学生は共青団北京大学委員会に所属する学生のなかの幹部であった。
 共青団とは共産主義青年団の略称である。
 同組織は1920年8月、即ち中国共産党が成立される(1921年7月)約1年前に結成された。
 その名の通り、青年(筆者注:日本語で俗にいう“若者”に近い)を対象とする組織で、一般の団員の場合、14歳で入団資格が得られ、上限は28歳と規定されている。
 団員の数であるが、2015年末の時点で8746.1万人(共青団中央組織部統計)となっており、同時点において8875.8万人に上る共産党員(共産党中央組織部統計)とほぼ同等の数を抱えている。

  大学時代から周りに共青団で働いていた同窓生が複数いたこともあり、私にとってこの組織は比較的身近に感じられる存在であった。
 彼ら・彼女らは、日々の学業以外に、共青団での仕事に奔走していた。

■学生たちを洗脳するイデオロギー工作も
 党と大学の架け渡し作業を行う共青団

  最も印象的だったのは、党と大学の架け渡しとしての作業である。
 共産党中央が発布するドキュメントを受けて、学生向けのそれを作成したり、学生を管理(実際は監視)するためのイベントや会議を組織したり、若干えげつない表現をすれば、学生たちを洗脳するためのイデオロギー工作をしたりといった作業も見られた。
 北京大学の国際交流を企画・実践するような仕事も共青団にとってのミッションであった。

 大学生は「青年」に属するカテゴリーのなかでも核心的に重要であり、中国共産党政治という観点からすれば、敏感で厄介な存在でもある。
 特に、1919年の五四運動、1989年の天安門事件などで主力的な役割を担った北京大学の青年たちであれば、当局があらゆる角度から“警戒”するのは当然の帰結であろう。
 同大学の学生というのは、国家の発展という観点からは人材育成地と言えるが、“党の発展”という観点からは“政治警戒地“とも解釈できる
 (筆者注:北京大学の隣に位置する
 清華大学はどちらかと言えば党・政府をはじめとするお上への“忠誠”が強く
 私が実際に交流しながら、両大学生の思想や価値観を比較してきた過程からしても、
 清華大学の学生は政治的に保守的で、共産党政治・イデオロギーの擁護に走る傾向が比較的明白に見て取れる)。

 青年を管理・監督すること以外に、共青団には「政治エリート集団」としての機能が備わってきた経緯が見いだせる。

 国家指導者経験者のなかでは、胡耀邦元総書記や胡錦濤元総書記・国家主席、現役世代では、李克強国務院総理(政治局常務委員)、李源潮国家副主席、汪洋国務院副総理、胡春華広東省書記(共に政治局委員)らが挙げられる。
 日本の最高裁判所長官にあたる最高人民法院院長を務める周強(中央委員)、そして、2014年に“落馬”し、2016年になると収賄罪や国家機密漏洩罪で無期懲役となり、生涯における政治権利を剥奪された令計画元中央弁公庁主任(筆者注:胡錦濤国家主席の右腕とも言われた)も共青団出身の政治エリートと言える。

■「政治エリート集団」に“メス”
 共産党が「共青団中央改革方案」を発表

 中国政治や国家運営を実質的に支えてきた共青団であるが、今月に入って、共産党中央から一種の“メス“が入ったことが公にされた。
 共産党中央弁公庁が《共青団中央改革方案》というものを印刷・発表したのである。

 昨年初旬、党中央が共青団改革を促す指示を出して以来、共青団中央はそのためのワーキンググループを立ち上げ、約4ヵ月に渡る調査研究・審議検討を経て改革案を起草した。
 最終的に党中央による採択を経て作成された改革方案は、共青団の存在意義・価値、共青団の人員構成・幹部選抜方式、そして共青団と党中央との関係など、4つの側面、12の分野から謳われている。

 以下、中国共産党政治の今後を占ううえで、私が重要だと解読した二つのインプリケーションを整理・検証してみたい。

★:一つは、今回の共青団改革には現共産党総書記である習近平本人の政治信条・スタイルが如実に反映されているという点である。
 これを考える上で、同改革方案が出された直後の8月9日、秦宜智・共青団第一書記(筆者注:胡錦濤、李克強、胡春華なども歴任してきた共青団の最高ポスト)が内モンゴル自治区フフホト市で開かれた共青団幹部・青年代表会議のなかで指摘した次の文言を見てみたい。

 「なぜ改革をしなければいけないのか?
 核心は問題の方向性を堅持することである。
 “機関化、行政化、貴族化、娯楽化”という現象を切実に克服しなければならない」
 これらは“四化”と言われ、共青団改革の前提となっていると思われる。

■貴族化が現政権の「群衆路線」に背反
 習近平政治と真っ向から対立する産物

 機関化・行政化は日本で言うところの“お役所的”な仕事のスタイルであったり、共青団という青年世代から成る、青年世代のための組織であるにもかかわらず、変に大人びた官僚主義的な職場の雰囲気であったりといった部分を指すのだろう。
 娯楽化は、周りからちやほやされたり、与えられた権限を弄んだり、自作自演のパフォーマンスが蔓延ったりといった風習への批判を指しているのだろう。

 そして、今回の改革案のメインディッシュのような存在として注目したいのが貴族化である。
 ここには、これまでも党中央に人材を送り込んできた共青団が「政治エリート育成・輩出機関」となり、その過程や表象が、現政権による政治の特徴である「群衆路線」に背反していると習近平本人が考えているのだろう。

群衆とは一般大衆、特に共産党が結党以來支持基盤とし、自らのイデオロギーとも関係する無産階級、或いはプロレタリアート(労働者階級)を指す
 (筆者注:私自身は、共産党が定義する“群衆”の範囲は拡大傾向にあり、いまとなっては中産階級の一部にも及んでいると考えている)。

 今回の改革案でも随所に出てくるのが「基層」という言葉である。
 これは言ってみれば「社会の底辺」を意味し、例えば、共産党中央の幹部が比較的貧しい内陸部の農村を自ら訪れ、現地の農民の意見に耳を傾け、そこにおける問題点や矛盾点を解決するような政策を自ら打ち出していくような行動を「走基層」(筆者注:あえて和訳すると、「社会の底辺に歩み寄る」といった具合に解釈できる)と言う。
 この「走基層」と群衆路線はまさに表裏一体の関係にある。

 青年時代に文化大革命を経験し、政治を志すようになってからも頻繁に「走基層」し、それは共産党にとっての優良な伝統であり、それを徹底するからこそ、政治が人民の支持を得られると信じて疑わない習近平は、この信条と論理をよりダイナミックに正当化するために共青団を選んだというのが私の分析である。
 エリート集団や貴族化といった現象は、習近平の群衆政治と真っ向から対立する産物であるからだ。

 実際に、改革案は、共青団中央の機構編成をこれまでよりも“スリム化”し、基層を拡大する旨を謳っている。
  具体的に見てみると、例えば、2018年に開催予定の共青団十八回大会までに、団の全国代表大会、中央委員会、中央常務委員会における「基層」、および「一線代表」と呼ばれる、発展が比較的遅れた農村部などで労働者や農民として働いてきた幹部の割合をそれぞれ70%、50%、25%以上に引き上げると規定した。

 エリート集団化・貴族化する傾向が顕著な共青団に群衆路線を徹底させると同時に、共産党の共青団に対する領導をよりいっそう強化することを改革方案は掲げている。
 方案は次のように両者のあるべき関係を謳っている。

 「共青団は党の助手であり、予備軍である。
 党と政府が青年とつながるための架け橋である」

■今回の共青団改革の狙い
習近平による権力基盤強化の一つ

 私は、この文言を読みながら、共青団改革は習近平政治にとっての氷山の一角でしかなく、数ある“改革“のうちの一つのケースに過ぎないと感じ取った。
 「党の領導強化」、
 「党への絶対忠誠」
は習近平が総書記に就任して以來、共産党があらゆる分野で掲げる“改革“のエッセンスである。
 全面的に改革を深化させるための領導小組の設立、国有企業改革、宣伝・報道機関における改革、大学・教育機関における改革などを含め、あらゆる“改革“の名において「党」の絶対性が強調されている。

 本連載でも繰り返し触れてきたように、習近平が共産党の領導を強化することを通じて自らの権力基盤を固めようとする政治信条・スタイルが露呈されている。
 その意味で、今回の共青団改革は、習近平が自らの権力基盤を一層強化するための一つの手段という見方が妥当であろう。

 今回の“改革”が、共青団出身の李克強に対する圧力、次期総書記候補の一人である胡春華に対する牽制といった見方もあるようである。

 私の分析によれば、結果的にそのような事態が起こることはあり得るが、今回の目的はあくまでも群衆路線に代表される習近平政治をあらゆる組織や機関で徹底するための一プロセスであるという色彩が濃厚のようだ。
 共青団が政治エリート集団という色彩を強く帯びてきたことを考えればなおさらである。

 実際に、上記の“四化”は、今年の2月、党・政府機関・国有企業などにおける汚職・腐敗への取り締まりを職責とする中央規律検査委員会が共青団を対象に行なった“専項巡視”の際に(筆者注:同委員会は第十九回党大会が開催される予定の2017年秋までにすべての党・政府・国有機関に対してこの調査を行う予定)、同委員会が共青団の突出した問題として指摘されている。
 共青団改革は、習近平が就任以来現政権の目玉政策として、王岐山を右腕に実施してきた“反腐敗闘争”の一環でもあるということである。
 ここにも、共青団改革と習近平政治の相関性が見いだせる。

■共青団出身の若手幹部はプレッシャー?
共産党政治への影響力も弱体化

 第十九党大会を1年3ヵ月後に控え、党の現役指導者が長老などと意見交換をしたり、重大な政治決定(人事を含む)をしたりする際に活用してきた北戴河会議の直前というタイミングでの共青団改革方案公表だけに、様々な憶測が巻き起こるのも無理はない。

 今回の改革案を経て、共青団出身者、特にこれから党中央幹部を狙うような若手幹部は不安やプレッシャーを感じていることであろう。
 習近平が率いる共産党政治において、“政治エリート“とみなされるよりは、「走基層」する草の根幹部と認識されるほうが政治的に“安全“であり、かつ評価される可能性が高くなったことは間違いない。
 共青団から党中央という人材の流れが、これまでのようにスムーズ、もっと言えばオートマティックにいかなくなり、結果的に、共青団の共産党政治における影響力が弱体化、形骸化する可能性は全くもって否定できない。

★.ここから二つ目のインプリケーション
に入りたい。
 中国の持続可能な発展という観点からすれば、一つ目以上に懸念されるべきなのが、外交と人材という二つの分野から見た場合の今後の共青団の在り方についてである。
 私自身、共産党関係者と交流する過程で感じていることであり、特に近年“紅二代”と呼ばれる、新中国の建国に直接的な貢献をした革命世代の二代と話をするなかで感じることであるが、共産党として、特に国際視野や専門知識、外国語能力などが不可欠な素養・能力である外交の分野において、共青団出身者が果たすべき役割がこれまで以上に高まっている。

 以前、政治局委員を経験した親族の“紅二代”が次のように言っていた。

  「我が党は共青団出身エリートをしっかり外交に活用しなければならない。
 我々のような出身者だけではダメだ。
 李克強、李源潮、汪洋。みな外交能力に長けた政治家だ。
 彼らには首脳会議や国際会議などの舞台で中国の政策や国益を国際社会が理解できる言葉で主張できる能力が備わっている。
 外交の多くは彼らに委ねるべきだ。」

■日本の対中外交を考える上でも軽視できない共青団改革方案

 私もその通りだと考えている。
 しかしながら、仮に今回の改革案を経て、共青団出身エリートが党中央の中枢で然るべき地位や役割を与えられなくなるような政治状況が起こるとすれば、それは中国外交にとってだけでなく、そんな中国と付き合っていかなければならない海外諸国、特に、共青団を対中外交の重要窓口としてきた日本にとっても不安要素になるに違いない。

 今回の共青団改革方案は、日本の対中外交を長期的に考える上でも軽視できないリスク要因であるということである。

 本稿の最後に言及したいのが、今回の改革方案が人材という分野に与えるインパクトである。

■若者が政治エリートに成り上がるため重要なチャネルだった共青団

 私が大学時代に共に学んだ同窓生にも複数いるが、共青団は特別なバックグラウンドをもたない若者たちにとって、自らの実力で政治エリートへと成り上がるための重要なチャネルであり、プラットフォームであり続けた。
 それぞれ清華大学、北京大学の出身である胡錦濤、李克強もそうやって国家指導者まで上り詰めた。

 特に李克強はその典型である。
 1978年から1982年まで北京大学法学部で学び、その間に学生会の責任者を、卒業後は大学に残り、北京大学共青団書記を務めた。
 そこから共青団中央書記処書記、そして共青団における最高ポストである第一書記(1993~1998年)まで一気に駆け上がった。
 その後は河南省、遼寧省で共産党委員会書記を務め、2007年に政治局常務委員入りを果たし、現在に至っている。
  「李克強が歩んだ道のりは、模範とも言えるパーフェクトで道のりであり、私たちにとっての希望でもある」
 “将来の李克強”を目指す私のひとつ上の先輩はこう語る。

 政治エリートを目指す若者にとっての“希望”である共青団が、今回の改革案、特に“貴族化”を克服するという文脈において、エリート人材育成地としての役割にヒビが入ってしまうようなことになれば、あるいは、エリート大学生のあいだで「今後共青団を通じて政治エリートになることは難しくなる」といった類の認識が広まってしまうようなことになれば、
 国際社会で普遍的に認識されるエリートという集団が中国で育成され、政治の舞台で活躍する道が閉ざされてしまう。

 逆に、革命世代に祖父や父親を持ち、“群衆路線”をスローガンに権力を強化し、政治を展開しようとする“特権階級”が中国共産党政治を牛耳るような事態が既成事実化するとすれば、中国と国際社会の間における正常な交流、健全な対話に支障をきたすことになるのではないか。

 そんなことを考えつつ、大学時代の同窓生たちを思い出す今日この頃である。



JB Press 2016.8.17(水)  金刻羽
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47597

毛沢東と習近平を一緒にするのは間違いだ
権力の集中は官僚システム修正のため

 世界の多くは、中国の指導者・習近平を、懸念を抱いて眺めている。
 習近平が中央集権化を再び始めているというためだけではない。
 彼が行う急進的な反汚職キャンペーンが、政治的粛清のカモフラージュだと見る者は多い。

 このように見る論者は、
 「習近平は個人崇拝のカルトを築いているのだ。
 それは、毛沢東の周りで文化大革命を引き起こした者たちのカルトと同じようなものだ」
と憂慮する。

しかし実際のところ、習近平は全くそんな邪悪なものではない。
 確かに、習近平がある程度権力を蓄えているというのは事実だ。
 しかし彼の動機は、中国を(中国政府も、中国経済も)強くするための必要性に駆られてのものだ。
 その目的を達成するために彼は、少しばかり制御不能になった官僚システムを元に戻さねばならない。

*  *  *

この30年の間、中国の権力機構は大幅に分権的になった。
 地方公共団体は、実質的な自治権を徐々に多く与えられるようになり、外国投資を誘致し、GDP成長を誘発させるといった改革を実験してきた。
 さらに地方公共団体は、土地・財政・エネルギー・原料物質といった資源に対し、また地方インフラに対し、直接的なコントロール権を与えられた。
 結果として、2000年から2014年にわたって、地方政府の支出が公費全体の71%を占めることになった。
 これは世界最大の連邦国家と比べてもかなり大きい。
 例えば、アメリカの地方の支出が公費に占める割合は46%だ。

 地方分権は、地方の間での競争を促進して全体的な経済成長を誘発しようという目的で行われていた。
 地方政党の権力者たちは、地方政府の経済実績によって彼らの出世街道が決まるということを知っていた。
 そして、彼らが経済成長を促進するために熱心に動いたことによって、中国が世界第2位の経済に(測定の仕方にとっては世界最大の経済に)のし上がっていくことが可能になった。
 そして同時に、ポスト毛沢東時代の与党である中国共産党の正当性も確かになった。

 しかし、地方分権にもマイナス面はある。
 地方分権によって相当の無駄が出た。
 例えば地方政府には多額の負債ができた。
 さらに、大がかりな政治腐敗を引き起こした。
 地方官吏は事業者に、税金猶予や金利の安いクレジット、市場価格より安い土地といったものを与える「特別な取引」をしていた。

 規制が厳しく金融市場が未発達な国では、民間の企業家は事業を始めるにあたって高い参入障壁に直面する。
 民間企業が違法取引によってしか求める資源や市場に行き着くことができないのならば、彼らは喜んで違法取引に関わることだろう。
 彼らは現金その他の報酬を、ルールを曲げて私腹を肥やす官吏たちに払うことになるだろう。

 1990年代には、こうしたお膳立ての上で、何十万もの成長促進企業が市場に参入することができた。
 経済成長が第一優先の時代においては、経済成長を促す汚職は黙認され、多くの者が軽々しく目をつぶってきた。

 しかし汚職は制御不能になり、今や中国の安定性も、共産党の正当性も脅かしている。
 ガバナンスのゆるい30年を経て、地方当局の中には、彼らの違法な権益や経済的利益を守るために手を結ぼうと派閥を組む者も現れた。
 彼らの行った公費着服や横領は天文学的な金額に上るが、それは、彼らが政界の階段を上るために助け合って 既得権益を守る共犯者なくては不可能であっただろう。

 こういった密かな政治ネットワークは実質的に頑強なものとなり、たくさんの官吏たちが中央政府に対抗するようになっていた。
 彼らはポストや特権を守ることで、彼らの経済的な利益を守ろうとした。
 中央政府は、地方の統治者たちを制御しない限り、改革計画に別れを告げることはできなかっただろう。

 そういった経緯の中、習近平は、汚職に対して目をつぶることをやめた。
 彼は地方政府の権力を中央当局の手中に収めた。
 そして彼は、広範囲に及ぶ反汚職キャンペーンを始めたのだ。

*  *  *

 この2年の間、中国全土の地方官吏は、下級の省課長たちから上層部にいる地方のドンに至るまで、次々に投獄されてきた。
 ときには地域特有の考慮もされた。まずは周辺的な地方政府の官吏を逮捕して、その次に中心的な地方政府の官吏を逮捕するといったものだ。

 政敵と見られるたくさんの数の上級官吏(及び軍人たち)を一斉検挙するというのは、粛清のようにも見えるかもしれない。
 しかし、実のところは、訴追して投獄された者たちはすべて、確かな証拠に裏付けられて有罪となっている。
 中国の司法制度自体はまだ不完全であるとはいえ、今日の中国ではもはや、毛沢東時代のように、政治的理由のみで官吏たちを投獄することはできない。

習近平の中国の官僚制度を制御しようとする試みは、弱まることなく続く。
 短期的には経済活動にも影響をきたすかもしれない。
 地方政府が注目を避けるために意思決定を遅らせるからだ。

 しかし、いったん制度が浄化されてしまえば、中国は、持続可能で安定的な経済成長を達成するためにより強い位置につけることができるだろう。

 文化大革命2.0を恐れる者たちは、中国はもう50年前の中国とは違うということを理解しなければならない。
 独裁政治の土壌と個人崇拝のカルトは、開放と経済成長の高まった30年で破壊されてきた。
 習近平以上にこの事実を理解している者はいない。







【自ら孤立化を選ぶ中国の思惑】



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