2016年7月1日金曜日

ベトナム:中国にとってすこぶる厄介な国、人工島滑走路にロケット弾を向けるベトナム

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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2016年07月01日(Fri)  岡崎研究所
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7133?page=1

中国覇権阻止のパートナー・ベトナム

 ウォールストリート・ジャーナル紙の5月23日付け社説が、オバマ政権の対越武器禁輸解禁につき、アジアへの軸足移動の前進であり、人権改善を促す梃子にもなり得る、と高く評価しています。
 社説の要旨、次の通り。

 オバマは5月23日、ベトナム訪問の際、対越武器禁輸の解除を発表した。
 決定は、近隣国への嫌がらせが反発を招くという明白なメッセージを、中国指導者に送ることにもなる。
 ベトナムには、中国の意図につき深い懸念を抱く理由がある。
 中国は南シナ海で争いのある岩礁を埋め立て、近隣国の主張を脅かす軍事基地を建設している。
 2014年には、中国はベトナムのEEZ内に石油掘削リグを持ち込み、両国海軍のにらみ合いとなった。

 ベトナムの最高指導者グエン・フー・チョン書記長は昨年7月ホワイトハウスを訪問し、
 米国を「地域安定のための勢力」と呼んだ。
 南シナ海の軍事化と航行の自由についての彼の懸念は、
 「米国が地域で厄介を引き起こしている」との中国の主張への反論となる。

 ベトナム軍は、中国軍には大きく凌駕されるが、東南アジアでは最強であり、スプラトリー諸島の23カ所の砂州に駐留し(中国は7カ所)、カムラン湾の海軍基地を米国などに提供し得る。
 米越両国は関係が安定的で、継続的であるようにすべきである。

 米国はすでに、6隻のDefiant75哨戒艇のベトナム沿岸警備隊への供与を含む海洋安全保障に関する武器売却を認めている。
 ベトナムは、先進的な武器の対露依存を低下させ、米国との軍事関係を緊密化させることを望んでいる。
 ストックホルム国際平和研究所によれば、
 ベトナムは2011~2015年に、世界で43位から8位の武器輸入国になった。
 ベトナムは、日本、イスラエル、シンガポール、インドとの安全保障関係を強化してきた。
 2009年には、ロシアから6隻のキロ級攻撃型潜水艦とSu-30戦闘機を購入した。

 今ベトナムは、空軍のさらなる強化を求め、ロシアのSu-35戦闘機の購入を検討している。
 しかし米国がF-16の改良版のような先進的な戦闘機を提供すれば、両国の将来の安保協力を強化することになろう。
 Black HawkヘリとP-8哨戒機も可能性がある。

■人権擁護にも配慮

 人権擁護派は、ベトナムが国内の反体制派への抑圧を続けていると非難している。
 ベトナム政府は5月20日、重要な政治犯であるカトリック司祭のNguyen Van Lyを釈放した。
 しかし、ベトナムは多くの平和的批判者を監禁し続けている。
 武器禁輸解除は、人権についての米国の梃子を強化しなければならない。
 武器売却は人権も考慮しつつ、ケースバイケースで決定される、と米高官は指摘している。

 中国の圧力はまた、ベトナムが民主国家からの投資に広く開放する刺激となってきた。
 韓国と日本が二大投資国である。
 ベトナムのTPPへの参加決定は、より多くの海外企業がベトナムに展開するよう促した。
 それによる急速な成長は、政治的変化の触媒となり得る。

 我々は、オバマのアジアへのリバランスを中身がないとして非難してきたが、ベトナムとの外交、経済、安保上の関係強化は、前進である。

出典:‘America’s Vietnam Pivot’(Wall Street Journal, May 23, 2016)
http://www.wsj.com/articles/americas-vietnam-pivot-1464044978

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 オバマ大統領はG7サミット出席のために訪日の前にベトナムを訪問しました。
 この社説はこの訪問に際して発表された対ベトナム武器禁輸解除を含む米越関係強化を歓迎しています。適切な内容です。

 ベトナムは共産党一党独裁の国であり、基本的な価値を米国や日本と共有しているわけではありませんが、中国の脅威をひしひしと感じ、米国や日本などの民主主義国との関係強化を希望しています。
 TPP参加などその証左です。こ
 のベトナム側の態度に、日米などは積極的に応じていくべきでしょう。

 人権擁護や民主化は、経済発展や民主主義国との緊密な関係の中で進んでいくように思われます。
 たとえばTPPの労働についての規定実施は、労働権の承認、独立労働組合の許容につながり、人権擁護につながります。

 中国はアジア地域で覇権を求めています。
 中華民族の復興、偉大な夢の実現はそれを求めています。
 日本に対して、「中国脅威論や中国経済減退論をまき散らすな」との要求のほかに、対中対抗心を捨てるようになど、いささか驚くような要求をしています。
 ベトナムにも種々の圧力を加えているのでしょう。

■「中国の覇権に反対せよ」鄧小平の言葉通りにする

 昔、鄧小平は、覇権主義に反対、中国が覇権を求めれば、日本は反対したらいい、と述べたことがあります。
 日本もベトナムも、まさに鄧小平のその言葉通り、中国が国際法無視のごり押しをするのにはともに対抗、反対すべきです。

 ASEANにおいては、実力のある国はベトナムとインドネシアでしょう。
 ベトナムは人口も9000万以上ある。
 ベトナムを観察している人は、労働の質も国民の活力も高く、今後大きく発展していくであろうと言います。
 そういう期待を持って、日越関係を強化していくことが、対中戦略の一部としても有用でしょう。



ロイター 2016年 08月 10日 15:45 JST
http://jp.reuters.com/article/southchinasea-vietnam-idJPKCN10L051?sp=true

ベトナムが南シナ海にロケット弾発射台を配備、
「正当な権利」

[香港 10日 ロイター] -
 ベトナムが、領有権問題が生じている南シナ海の複数の島でひそかに武装化を進めている。
 複数の西側当局者によると、同海域で中国が設置した滑走路や軍関係施設・設備を攻撃できる移動式のロケット弾発射台を新たに配備したという。
 実効支配を進める中国との緊張が高まる可能性がある。

 複数の外交筋や軍当局者が、情報機関が入手した情報として明らかにしたところによると、ベトナムはここ数カ月間に、ロケット弾発射台を南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)の5拠点に送った。
 発射台は空からは見えないようになっており、ミサイルはまだ設置されていないが、2─3日で態勢を整えることが可能という。

 ベトナム外務省は、詳細には踏み込まず、情報は「不正確」と述べた。

 6月、ベトナム国防省のNguyen Chi Vinh次官はロイターに対し、スプラトリー諸島に発射台や武器を配備してはいないが、そのような措置を講じる権利はある、と語っていた。
 同次官は
 「われわれの主権の及ぶ領域内で、いつどこにでもいかなる武器を動かそうとも、それは自衛のためのわれわれの正当な権利である」
と話した。

 ベトナムのロケット発射台配備は、スプラトリー諸島で中国が造成する7つの人工島の設備増強に対抗することが狙い。
 ベトナム軍の戦略担当は、中国による滑走路建設やレーダー設置などにより、ベトナム南部および島の防衛が脆弱になることを懸念している。

 軍事アナリストは、今回のベトナムの動きがここ何十年もの間で、南シナ海における最も大きな防衛行動と指摘している。

 フィリピンがオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴した裁判で、中国の主張を否定する裁定が下され、緊張の高まりが予想されるなか、ベトナムはロケット弾発射台の配備を必要としていたと、外交筋は語る。

 ベトナム、中国、台湾がスプラトリー諸島全域の領有権を主張している一方、
 フィリピン、マレーシア、ブルネイはその一部の領有権を主張している。
 中国国防省はロイターに対し、「中国軍は、南沙諸島周辺の海上と上空の状況を厳重に監視し続けている」と、ファクスでこう回答した。

■<最新のシステム>

 外交筋と軍事アナリストは、ベトナムが配備した発射台は、最近イスラエルから購入した最新鋭のEXTRAロケット弾発射装置システムの一部だとみている。
 射程距離は最大150キロメートルで、重量150キロクラスのさまざまな弾頭を搭載できる。
 複数の標的を同時に攻撃することも可能だ。

 この最新システムによって、ベトナムは、
 南沙諸島の渚碧礁(スビ礁)、永暑礁(ファイアリークロス礁)、美済礁(ミスチーフ礁)で
 中国が建設した長さ3000メートルの滑走路と施設を、
 自国が領土とする21の島嶼(とうしょ)と岩礁の多くから射程に入れることができる。

 「ベトナムがEXTRAシステムを入手した時、スプラトリー諸島に配備されるだろうと常に思われていた。
 それは完璧な武器となる」
と、ストックホルム国際平和研究所で武器専門のシニアリサーチャー、シーモン・ウェゼマン氏は述べた。

 ただこれまでのところ、発射実験を行ったり、移動させたりした様子はないという。

*内容を追加します。



JB Press 2016.8.18(木)  北村 淳
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47627

中国の海洋進出にロケット弾を向けるベトナム
南沙諸島に発射台設置、中国建設の滑走路を射程内に


●ロケット砲発射台配備か=ベトナム、中国に対抗-南シナ海
軍用機から撮影した、南シナ海・南沙諸島のミスチーフ礁(2015年5月11日撮影、資料写真)。(c)AFP/RITCHIE B. TONGO〔AFPBB News〕

 ベトナムが南沙諸島のいくつか(少なくとも5つ)の島嶼に長距離ロケット弾発射装置を配備したことが西側情報筋によって確認された。

 先月、国際仲裁裁判所が「中国による南シナ海での歴史的背景を論拠にした九段線の主張は国際法上認められない」という裁定を下したにもかかわらず、中国は南沙諸島・人工島での軍事施設建設を完成させようとしている。
 そのため、ベトナムは自らが実効支配を続けている島嶼環礁の自衛態勢を強化する姿勢を示して主権維持をアピールしているものと思われる。

 ベトナム政府や軍当局は、ベトナム軍による南沙諸島へのロケット弾発射装置配備の事実を認めていない。
 しかしながらベトナム軍指導者は、
 「南沙諸島はベトナム固有の領土である。
 自国の主権が及ぶ領域内に、自衛のためのいかなる兵器を配備しようが、それはベトナムにとって正当な権利の行使である」
と公式に述べており、新兵器配備を示唆したものと考えられている。

■EXTRA長距離ロケット弾の発射装置を配備か

 ベトナムが南沙諸島の島嶼守備隊に配備した発射装置は、イスラエル製のEXTRA長距離ロケット弾を発射することができる地上移動式発射装置と考えられている。


●EXTRA発射装置(写真:IMI)

 EXTRAを開発・製造しているIMI(Israel Military Industry社)によると、
 この長射程ロケット砲システムは20キロメートルから150キロメートル先の敵指揮管制センター、補給施設、各種軍事インフラを攻撃する能力に秀でており、
 命中精度はCEP(半数必中界)が10メートル(発射したロケット弾の半数以上が目標の10メートル以内に着弾する)とされている。

 EXTRAは中国軍が保有している各種長距離巡航ミサイルの性能には及ぶべくもないが、ベトナムのような軍事予算が限られている国々にとっては、巡航ミサイルの代替兵器となり得るハイテク兵器である。
 また、ロケット弾そのものも比較的小型で、移動式発射装置も隠匿性に優れているため、敵の攻撃を受けにくいという利点がある。

ベトナムはEXTRA発射装置を、中国が人工島に建設した滑走路を破壊できる位置に配備した
ものと考えられている。
 現時点では発射装置のみが守備隊に配備され、ロケット弾そのものは送り込まれていない模様だ。
 ただし、戦闘の可能性が差し迫った場合には、2~3日以内にロケット弾の発射態勢が完了するという。


●EXTRAロケット弾(写真:IMI)

■危機に瀕するベトナムの実効支配

 ここ2年来、中国は南沙諸島の7つの環礁を人工島化してしまい、そのうちの3つには3000メートル級滑走路まで建設し、いわば“南沙人工島基地群”を誕生させた。

 そのため、日本を含む国際社会では、あたかも中国だけが南沙諸島に軍事力を展開させようとしているかのごとく受け止められている。
 しかし、ベトナム、フィリピン、台湾など中国に対抗して南沙諸島の領有権を主張している国々も、ある程度(決して強力ではないが)の軍事力を展開させて南沙諸島の島嶼環礁を占拠して実効支配を続けている。

 たとえば、ベトナム、フィリピン、マレーシアそして台湾も、南沙諸島にそれぞれ1カ所の滑走路を保有している。
 もちろん、中国の3000メートル級滑走路を有する本格的航空施設(航空基地)に比べれば、それら諸国の航空施設は取るに足らないものである。

 また、南沙諸島を構成する数多くの島嶼・環礁・暗礁のうち主要(手を入れれば守備隊などを配置することができる)なものは50カ所程度であるが、それらのうち最も多くの拠点を確保しているのがベトナムである。

 しかし、中国による人工島基地群の建設によって、ベトナムが占拠を続けている拠点は、数は多くても中国の強力な軍事力の前には手も足も出ない状況に陥りつつある。
 そこで、ベトナムは5カ所の守備隊にEXTRAを設置し、中国の人工島滑走路を攻撃できる態勢を固めつつあるわけだ。

■中国は反撃態勢へ

 もちろん、ベトナムがこのように強力な自衛態勢を固めようとすれば、それに対応して中国も反撃態勢を固めるのは自然の成り行きである。
 アメリカのシンクタンクの分析によると、人工島の3カ所の滑走路には、それぞれ戦闘機が少なくとも24機、それに加えて爆撃機や輸送機など大型航空機も数機が配備可能な格納施設が建設されていることが確認されている。

 したがって、ベトナムのEXTRAによる攻撃から南沙人工島に建設されている航空施設、研究施設、灯台、それに民間人を守ることを口実にして、人工島基地群に戦闘機や爆撃機を配備することは十二分に考えられる。

 航空機や軍艦の配備に加えて数多くの各種長射程ミサイルを保有している中国は、対地攻撃用巡航ミサイルを配備して、ベトナム守備隊がEXTRAを配備する島嶼環礁に狙いを定めるであろう。

■口先だけでは実効支配にならない

 ベトナムは、このような中国人民解放軍との軍事的緊張の高まりを前提としてEXTRAを配備し、南沙諸島の自衛措置を強化しようとしているのだ。

 島嶼環礁を口先だけで「実効支配している」と言ってみたところで、その実効支配を認めないと主張する相手が軍事的圧力を加えてきた場合には、自らも軍事力による自衛措置を固めなければならない。
 もちろん、ベトナムと中国の海洋戦力を比較すれば、専門家でなくとも中国が圧倒的に優勢なのは一目瞭然である。
 しかし、中国による軍事的圧迫に対して、できる限り軍備を強化して、主権的領域を守り抜く姿勢を見せることは、実効支配を維持するための国家としての最低限の責務といえよう。

 圧倒的に強大な人民解放軍海洋戦力に、EXTRAのような新兵器を投入してなんとか自衛態勢を固めようとするベトナムの動きに対して、次のように評価しているアメリカ海軍関係者は少なくない。

 「アメリカは中国の人工島基地建設を牽制するためにFONOP(「航行の自由」作戦)を小出しに実施したのみで、現在は(自らの空母を防衛するために)戦闘空中哨戒を実施している程度に過ぎない。
 ベトナムは相変わらず勇敢で、気骨のある動きを見せている」

■冷静と卑怯は違う

 もちろん、自らの領土領海を自衛しなければならないベトナムと、国際的な面子を保つために中国の南シナ海での軍事的侵攻政策に異を唱えているアメリカとは、軍事的関与の程度に差が出るのは致し方ない。

 しかし、ベトナムと中国、そしてアメリカの対抗構造を南沙諸島から尖閣諸島に移してみると、「自主防衛態勢を固めようとする気骨のあるベトナム」と「結局はアメリカ頼みの日本」という差が如実に浮かび上がる。

 冒頭で紹介したベトナム軍指導者の言葉のように、日本の主権が及ぶ領域内に、自衛のためのいかなる兵器を配備しようが、なんらかの設備を建設しようが、それは正当な権利の行使である。
 そのような自主防衛措置を実施しないことを「冷静な対応」と称して、とどのつまりは日米同盟にすがりつこうというのでは、ベトナムとは対照的に「卑怯で気骨のかけらもない」態度ということになってしまう。




【自ら孤立化を選ぶ中国の思惑】


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●14 05 19 池上彰解説塾 ベトナムvs中国
2015/07/30 に公開


ニューズウイーク 2016年9月16日(金)18時50分 オリバー・ヘンセンガース(英ノーサンブリア大学政治学講師)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/09/gaasean.php

対中強硬派のベトナムがASEAN諸国を結束させられない理由
Vietnam Is Struggling to Unite Its Mekong Neighbours Against China

<南シナ海に中国が作った人工島を攻撃することも辞さないベトナム。先のASEAN首脳会議でも声を1つにして南シナ海の大半に中国の管轄権は及ばないとする仲裁裁判所の裁定を世界に示そうとしたがかなわなかった。
カンボジア、ラオスなど、中国からの投資だけが頼りの国々を中国が切り崩しているためだ。
一方、メコン川流域に目を向ければ、上流に中国が建設しているダムのせいで下流域の国々では農業や生活に不可欠の水量が減るなど共通の利害もある。
かつての敵国アメリカと手を結んだベトナムは、中国を退けられるか>

 最近の報道によるとベトナムは、中国と領有権を争う南シナ海にロケット発射装置を移動させ模様だ。
 つまりベトナムは、中国が埋め立てた人工島を攻撃する可能性もあるということだ。
 南シナ海をめぐる中国と周辺諸国の緊張は高まるばかりだ。

 米国防省は2016年5月に公表した年次報告書で、周辺国が領有権を争う南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島における中国の埋め立て面積が約13平方キロに達し、人工島には長さ約3キロの滑走路や大規模な港湾施設が建設されたと明らかにした。
 中国はさらに、ベトナムなどが領有権を主張する西沙(パラセル)諸島のウッディ―島に地対空ミサイルを配備するなど、着々と軍事拠点化を進めている。
 2015年に米政府が公表した同様の報告書は、中国がたった18カ月で約8平方キロに及ぶ人工島を造成した経緯が詳細に書かれていた。

【参考記事】中国が西沙諸島に配備するミサイルの意味

 こうした中国の動きは、中国が南シナ海のほぼ全域に及ぶ九段線(中国が領有権を主張するため地図上に引いた境界線)に沿ったADIZ(防空識別圏)を設定するのではないかと国際社会は警戒感を強めている。

 南シナ海の領有権をめぐってフィリピンが中国を相手に起こした仲裁裁判で、オランダ・ハーグの国際仲裁裁判所は7月、フィリピンの主張をほぼ全面的に認め、九段線に基づく中国の歴史的権利に「法的根拠なし」とする画期的な裁定を下した。
 だが中国政府は裁定を無視し、日米の外交圧力に屈した国際仲裁裁判所の判決に根拠はないと一蹴。従う気配はない。

 そんななか、中国に反旗を掲げて行動に出たのがベトナムだ。
 もともとベトナムは、中国の強引な海洋進出に対抗するため、南シナ海をめぐる領有権問題についてASEAN(東南アジア諸国連合)加盟10カ国が一致団結して対応しようと模索してきた。
 全会一致を原則とするASEANが一丸となって中国に立ち向かうことで、中国を交渉の場に引きずり込むのが狙いだった。

【参考記事】南シナ海の中国を牽制するベトナム豪華クルーズの旅
【参考記事】ベトナムvs中国、南シナ海バトルの行方

 一方の中国政府はASEANと交渉するよりASEAN各国との2国間協議を望んでおり、これまでのところは中国の思惑通りに進んできた。

■中国に分断されたASEAN

 ASEAN諸国の足並みはなかなか揃わない。
 南シナ海問題に関する実績といえば、2002年に領有権問題の平和的解決を目指して中国とASEAN諸国が調印した「南シナ海行動宣言(DOC)」くらいだ。
 それから10年後の2012年、ASEAN諸国と中国は「行動宣言の実施に向けたガイドライン」に合意したが、いまだ実施には至っていない。

 2016年7月にラオスの首都ビエンチャンで開催されたASEAN外相会議では、中国から多額の経済支援を受けるカンボジアが、ASEAN共同声明で南シナ海問題に言及させまいと抵抗。
 ASEANは分裂し、法的、外交的なプロセスを尊重するという緩やかな文言すら盛り込めず、仲裁裁判所の裁定にも言及できなかった。

【参考記事】チャイナマネーが「国際秩序」を買う――ASEAN外相会議一致困難

 カンボジアが中国に不利なASEAN共同宣言を阻止したのは、これで3度目だ。
 ASEAN外相会議を1カ月後に控えた今年6月、カンボジアはミャンマーやラオスと手を組み、中国による南シナ海の軍事化を念頭に「深刻な懸念」を示したASEANの声明への支持を取り下げ、より軟らかなトーンに変えさせた。
 中国の王毅外相は、カンボジア政府の努力を称賛した。

 はるか昔、2012年にカンボジアの首都プノンペンで開催されたASEAN外相会議でも、南シナ海問題をめぐる関係諸国の対立が激しさを増し、史上初めて共同宣言を採択できずに閉幕した。
 南シナ海の領有権をめぐる中国との紛争をASEAN共同宣言に明記するよう求めたベトナムとフィリピンに対し、議長国のカンボジアは盛り込むことを断じて許さなかった。

 なぜカンボジアはそれほど中国寄りなのか? 
 専門家や外交筋に言わせれば、カンボジアは中国マネーに買収されたようなもの、と見るのが一般的だ。
 事実、中国はカンボジアだけでなく、ミャンマーやラオスでもインフラ事業に率先して多額の資金を注ぎ込み、影響力を拡大している。
 中国がASEANの切り崩しにこれほどまで努力するのは、南シナ海問題のためだけではない。中国政府が進めるより強引なプロジェクトに対し、ASEAN諸国が結束して異議を唱えるのを阻止するためだ。

■メコン川流域にも紛争

 中国と一部のASEAN諸国の間でとりわけ大きな火種になってきたのが、中国がメコン川流域で進める水力発電ダムの建設と水源の管理をめぐる問題だ。
 最大の関心を抱いているのはメコン川の下流に位置するベトナム。
 メコンデルタはベトナムで最も稲作に適した土地であり、米を育てるためにはメコン川上流からの水源が一番の頼りだ。
 ダムの建設によって下流部への水がせき止められれば、コメの生産に影響が出る恐れがあり、死活問題だ。

【参考記事】何もなかった建設予定地、中国-ラオス鉄道が描く不透明な未来

 1986年に中国政府が国内のメコン川流域でマンワン・ダムの建設を始めて以来、ベトナム政府は中国に対してダム建設がメコンデルタへの水流をせき止める危険性があると再三訴えてきたが、状況は何も改善していない。
 中国政府はマンワン・ダムが遠く離れた南方のメコンデルタに影響を及ぼすはずはないとしてベトナムの主張を拒み、中国国内にあるメコン川の水源は川全体を流れる水の16%にしか満たないと反論した。

 ベトナムは世界中の国々から支持を取り付けようと奔走し、とりわけアメリカの後ろ盾を求めた。
 米政府はベトナムの期待に応え、一貫して中国のダム建設プロジェクトを公の場で非難してきた。

■アメリカは中国に対抗できるか

 当時の米国務長官だったヒラリー・クリントンは2012年7月、アメリカの政府高官としてベトナムとカンボジア、ラオスへの歴訪を実現し、バラク・オバマ政権の「アジア重視」戦略を見せつけた。
 彼女はラオスを訪問中、タイの会社が受注しラオスで建設中だったサヤブリ・ダムについて、沿岸住民の暮らしや環境への悪影響が懸念されるため、計画を一時凍結するよう主張した。
 それは中国以外のメコン川下流域の本流では初めてのダム建設プロジェクトで、ベトナムやカンボジアが反対していた。

 近年アメリカは、メコン川流域国を囲い込むため様々な布石を打ってきた。
 アメリカが主導して立ち上げた「メコン川下流域イニシアティブ」には、カンボジアとラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの5か国が参加。
 2010年には環境保全や教育振興などを目的に、流域4カ国で構成する「メコン川委員会」と「米ミシシッピ川管理委員会」がパートナーシップ協定を結んだ。
 「米・ラオス二国間対話」も今年で7回目を迎えた。
 最たる例はベトナムだ。
 今ではアメリカ海軍の艦船が毎年ベトナムに寄港し、合同の軍事演習も行っている。

 つまりアジアにおける覇権と資源をめぐる争いは、南シナ海だけで繰り広げられているわけではない。
 メコン川流域国でも米中の主導権争いがますますエスカレートしているのだ。
 戦略的には中国が先行しており、外交や軍事面でアメリカのより積極的な動きが求められる。

The Conversation

Oliver Hensengerth, Lecturer in Politics, Northumbria University, Newcastle

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.


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