『
WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2016年08月26日(Fri)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7507
無秩序化する世界
国際システムの破損を許すな
フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのフィリップ・スティーブンスが、7月21日付同紙に掲載された論説で、世界が無秩序化していることに警鐘を鳴らしています。
論旨、次の通り。
■垣間見える国際システムの破損
トランプが共和党の大統領候補に指名され、エルドアンはクーデター失敗を受け、権威主義的統治を強め、仏では大きなテロがあった。
これに加え、西側に打撃を与えた英国のEU離脱、南シナ海での中国の仲裁裁判判断拒否があった。
これらの事柄は一見無関係である。トランプは「九段線」のことを知らないだろうし、ボリス・ジョンソンはトルコの民主主義よりトルコ移民締め出しに関心がある。
ニースのテロはイスラム国の宣伝によりも犯人の精神状態による。
しかしもっとよく見ると、不快なパターンが出てくる。
ナショナリズムの台頭、
アイデンティティ政治、
規範に基づく国際システムの破損
が見られる。
まだホッブス的世界(注:すべての人がすべての人と闘争する世界)とは言えないが、行きつく先は明らかである。
欧州の右と左のポピュリズムは、経済困難と中東・アフリカの難民流入の恐怖で強くなっている。
フランスの国民戦線、イタリアの5つ星運動、スペインのポデモス、ドイツの「ドイツのための選択」が台頭している。
戦後続いてきた中道右派と中道左派間の政権交代はひっくり返されている。
トランプ指名と英のEU離脱は次元が違う。
トランプは共和党を掌握し、世論調査によると、外国人嫌い、孤立主義、経済的ポピュリズム、反エリート主義に基づく彼の綱領を、米国人の5分の2の人が支持している。
英には欧州懐疑派はいつもいたが、離脱投票はより広い不満による。
ブリュッセルはグローバリゼーション、移民、経済困難の元凶とされた。
トランプはメキシコ移民何百万を追放し、イスラム教徒の入国の禁止を主張している。
英の強硬な離脱派は、英国海峡に壁を作ると約束し、EUに残留すれば国民保健サービスは何百万のトルコ人に開放されると誤った主張をした。
ポピュリストは愛国心を民族主義で置き換え、エリートと結託した専門家や伝統的制度を軽蔑し、大企業、銀行、グローバリゼーションは白人労働者階級の敵であるとしている。
この路線をもう少し行けば、1930年代の「ユダヤ陰謀」説に行きつくだろう。
有権者を責めるわけにはいかない。
彼らは正当な不満を持つ。
リベラル資本主義は豊かな人を優遇した。
平均所得は停滞した。
政治は自己満足に陥った。
しかしポピュリストの処方箋は明らかにインチキである。
トランプ大統領も、英のEU離脱も、米英を貧しくする。
問題は他の地域にも起こっている。
エルドアンはかつて、欧州をトルコの将来と見ていたが、失敗したクーデターを神の贈り物と称し、専制的支配強化に乗り出している。
彼は市場経済より国家資本主義を選好している。
プーチンとの関係修復もしている。
中東・マグレブで国家は崩壊しており、世俗的民族主義は宗教過激主義にとってかわられている。
ゼロサム民族主義は西側ポピュリズムの専売ではない。
中国はその海洋主張を拒否した仲裁判断を拒否し、世論は主権からの譲歩を許さないと述べた。
中国はその台頭前に書かれた国際法に縛られないとのメッセージを送っていると言う人もいる。
最近、西側のある外交官が中国の拒否は戦後秩序への反抗であると述べた。
その後、共和党大会での演説を聞いた。
そこでは国際法尊重は言われなかった。
どちらかがどちらかを正当化することはない。
しかし一緒にして考えると、これらは我々がどこに向かっているのかについて警告をしている。
出典:Philip Stephens,‘Global disorder: from Donald Trump to the South China Sea’(Financial Times, July 21, 2016)
http://www.ft.com/cms/s/0/7146f3b6-4e6c-11e6-88c5-db83e98a590a.html#axzz4F0yXOZ5r
この論説は問題提起としては良いですし、論者の危機意識もよく理解できます。
しかし、世界の諸地域で起こっていることを、ポピュリズム、民衆の怒りで説明しようとすることには無理があります。
世界全体を理解できるキーワードがあれば便利でしょうが、そういうものは見つけられないと思います。
それを見つけようとするよりも、地域、分野の特定の問題を深く分析し、それをベースに適切な処方箋を書いていくのが適切でしょう。
■国際秩序を守らせるべく覚悟を決める
国際法秩序の順守の問題については、ウクライナ問題、南シナ海問題など、あからさまな侵害に対する反応が弱すぎる傾向があります。
現在の国際秩序を守るのが良いとする勢力が、もっと腹を決めてきちんと対応するべきでしょう。
今なお世界の最強国である米国は、「世界の警察官にはあらず」と強調するのではなく、秩序維持のためには相応の対応をする意思を示すべきでしょう。
現状に鑑みると、オバマ政権は、何を強調すべきかの判断が悪いように思われます。
ナショナリズムは「国民国家」からなる国際社会では常に存在し、それを批判してみても始まらないことです。
ナショナリズムの健全化を課題とすべきです。
同時に、グローバリゼーションは経済面での現実であり、経済相互依存の象徴とも言えるサプライ・チェーンの存在なしには世界経済は成立しえませんし、この状況に適応しないでは、各国経済の繁栄もないでしょう。
ナショナリズムとグローバリゼーションは、両者間のヒッチはありますが、共存関係にあるしかないでしょう。
この論説の筆者スティーブンスは、「ユダヤの陰謀説」のようなものに行きつく危険への警告もしています。
「何々をした」ということではなく、「何々である」ということで他人を差別したり罰したりする思想がファシズムの特徴であり、人間を不幸にする悪であると思います。
政治的主張の中に潜むそういう病弊に気を付けていくことが、ナチスやファシズムの再来を防ぐためには大切なのではないでしょうか。
』
『
2016.9.8(木) Financial Times (英フィナンシャル・タイムズ紙 2016年8月31日付)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47814
危険にさらされている民主的資本主義
世界が向かう先は、金権政治か人民投票的独裁か?
自由民主主義(普通選挙権と確固たる公民権・人格権)と資本主義(財、サービス、資本、そして自分自身の労働力を自由に売買できる権利)との間には、自然なつながりが存在する。
民主主義と資本主義は、人は個人および市民として自ら選択すべきだという信念を共有している。
双方とも人には主体的に行動する権利が備わっているとの見方を前提としている。
人間はほかの人間が権力を行使する対象としてだけでなく、主体的行為者でもあると考えなければならない、ということだ。
とはいえ、民主主義と資本主義の間に緊張関係も存在することは容易に分かる。
民主主義は平等主義で、資本主義は反平等主義だ。
少なくとも、結果に対してはそうだ。
経済の低迷が続いたら、過半数の人々は1930年代と同様に権威主義を選択するかもしれない。
経済活動の結果があまりに不平等なものになったら、裕福な人々は民主主義国家を金権国家に変えてしまうかもしれない。
歴史的には、資本主義の発展と、選挙権の拡大を求める圧力の高まりが両立していた。
世界で最も裕福な国々が、多かれ少なかれ資本主義の経済を備えた自由民主主義国であるのはそのためだ。
幅広い層の人々が実質所得の増加を享受したことが、資本主義の正当化と民主主義の安定化において極めて重要な役割を果たした。
だが、今日の資本主義では、そうした豊かさの向上を生み出すことが以前よりはるかに難しくなっている。
それどころか、不平等の拡大と生産性の伸びの鈍化を裏付ける証拠がある。
この有害な組み合わせは、民主主義を不寛容にし、資本主義の正当性を蝕む。
今日の資本主義はグローバルだ。
これもまた、自然なことだと見なせる。
放っておけば、資本主義者は自分たちの活動を特定の国や地域に制限しない。
利潤を得る機会がグローバルに存在するのなら、資本主義者の活動もグローバルになる。
その結果、経済活動を行う組織もグローバルになる。
大企業などは特にそうだ。
しかし、ハーバード大学のダニ・ロドリック教授が指摘しているように、グローバル化は各国の自律性を抑制する。
教授が書いたところによれば、
「民主主義、国家主権、そしてグローバルな経済統合の3点は相いれない。
2つまでならどの組み合わせも可能だが、
3つを同時に、かつ完全に満たすことは決してできない」。
なるほど、各国が独自の規制を自由に設定できれば、国境を越えて商品を売買する自由はいくらか損なわれる。
逆に、貿易の障壁を取り除いて規制も統一すれば、今度は各国の立法の自律性が制限されてしまう。
特に、資本が国境を自由に越えられるようになれば、各国が自国の税制や規制を自由に決めることは難しくなるだろう。
さらに、グローバル化が進む時期に共通して見られるのが、大量の移民の発生だ。
多くの人々が国境を越えて移動するときには、個人の自由と民主国家の主権との間にこれ以上ないほど激しい軋轢が生じる。
前者は、人はどこでも好きなところに移動できるようにすべきだと主張し、後者は、市民権は集団的財産権であり、その権利へのアクセスは市民が制御すると主張するからだ。
一方で企業は、従業員を自由に雇えることは非常に価値のあることだと考える。
移民の問題が現代民主政治の避雷針になってしまったことは、単に不思議でないだけではない。
移民は今後、各国の民主主義と、グローバルな経済的利潤獲得のチャンスとの間で軋轢を生むことになる。
グローバル資本主義は近年、残念なパフォーマンスに終わっている。
特に残念なのは世界金融危機のショックと、我々の政治経済をつかさどるエリートたちへの信頼が大きく損なわれたことだ。
そう考えると、自由民主主義とグローバル資本主義の結婚が長続きするとの見方は、妥当でないように思えてくる。
では、これに取って代わる可能性があるものは何なのだろうか。
まず考えられるのは、
★.グローバルな金権政治が台頭し、国レベルの民主主義が事実上終わりを迎えるというシナリオだ。
ローマ帝国のときのように、共和国という政体は残るかもしれないが、その実体はなくなってしまうだろう。
これと正反対のシナリオは、
★.自由でない民主主義あるいは露骨な人民投票的独裁の台頭となるだろう。
人民投票的独裁とは、選挙で選ばれた支配者が国家と資本主義者の両方をコントロールする仕組みのことで、今ではロシアとトルコでこれが起きている。
このシナリオが実現した場合、コントロールされた国家資本主義がグローバル資本主義に取って代わることになる。
1930年代に起こったことに似た状況だ。
まさにこの方向に進みたいと思っている政治家は西側諸国にもおり、それが誰かを見極めることも難しくはない。
一方、自由民主主義とグローバル資本主義の両方を維持したいと思う我々は、いくつかの重要な問いかけに向き合わねばならない。
第1の問いかけは、既存の企業を守るために、各国の規制当局の裁量を制限する国際的な取り決めをさらに推進することは理にかなっているのか、というものだ。
この問題について筆者は、ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授の見解に次第に近づきつつある。
「国際的な取り決めというものは、共通化がどの程度なされたかとか、
どれだけの障壁が撤廃されたかではなく、
市民にどれだけの力が与えられるのかという観点から判断すべきである」
と教授は話している。
確かに貿易は利益をもたらすが、いかなる代償を払ってでも推進するというわけにはいかない。
何にも増して、
我々の民主政治制度の正当性を維持したいのであれば、
少数の限られた人々ではなく、多くの人々に利益をもたらすような経済政策を進めなければならない。
政治家が説明責任を負っている一般市民の利益を優先する必要がある。
もしそれができなければ、我々の政治秩序の土台は崩れてしまうように思われる。
自由民主主義と資本主義の結婚にはいくらか支援が必要だ。
長続きするのが当然だと思ってはいけない。
By Martin Wolf
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』
『
ロイター 2016年 08月 22日 07:57 JST
http://jp.reuters.com/article/column-gb-navy-warship-idJPKCN10U0OL?sp=true
コラム:最強を誇った英国海軍「凋落」の教訓
[11日 ロイター] -
かつて世界最強と謳われた英海軍だが、それも今は昔だ。
米国をはじめとする同盟国にとっては、これはゆゆしき問題である。
伝統的に、英海軍は米海軍にとって最も緊密なパートナーだった。ほぼすべての敵に対して、両軍は共に戦ってきた。
したがって、英海軍の実力が低下すれば、米政府にとっての海軍力も損なわれてしまう。
だが今日、英海軍にかつての面影はない。
政府の予算編成担当は、繰り返し、しかも過剰に、海軍の艦艇・人員を削減してきた。
今や英海軍は辛うじて自国の領海を哨戒できる程度で、英国の威光を海外に及ぼすことなど論外である。
英政府はようやく海軍衰退の流れを逆転させることを約束したが、手遅れかもしれない。
士気は低下し、残された少数の艦艇は海上で頻繁に故障を起こしている。
英海軍の症状は末期に至っているのではないだろうか。
しかも、これ以上ないほどタイミングが悪い。
過激派組織「イスラム国」を打倒し、攻撃的な態度を強めているロシアを抑え、大国として華々しく台頭しつつある中国に対処するために、西側諸国は兵力の動員を進めている。
これまで以上に不安定さを増しているように見える世界において、対立する財政需要の帳尻合わせに苦心する資金不足の各国政府にとって、英海軍の凋落は客観的な教訓を与えてくれる。
そう、海軍には金がかかる。
長期的な計画や労力、資金が必要となる。
はっきりした紛争がない平時には、艦隊を持つメリットが見えにくい場合が多い。
だが、海軍は依然として国防の要である。
海軍は高度な探知能力と強力な長距離兵器を備えて国際水域を哨戒することにより、(近隣に滑走路が必要となる)空軍や、(移動により時間がかかる)陸軍に比べ、より迅速に危機に対応し、多くの火力を投入できる。
海軍を粗略に扱い、衰退させてしまえば、それによって生じた空白をすぐさま埋めるのは、ならず者国家やテロリスト、犯罪者だ。広大な海洋を監視するには海軍が必要なのだ。
かつて世界有数の存在だった海軍が消えてしまえば、そこには実質的に、安全保障の真空地帯が生まれる。
第2次世界大戦中は、英海軍はまだ権勢を誇っていた。
1944年のノルマンディー上陸作戦「Dデイ」には、欧州をナチスドイツから解放する連合軍部隊を護衛するため、英海軍は900隻以上の自国艦艇を英仏海峡の反対側に送り込むことができたのである。
1982年においても、英海軍はフォークランド諸島をアルゼンチンから奪い返すため、戦闘機を配備した2隻の空母を含む、少なくとも115隻の艦艇を集結させることができた。
今日、英海軍はジェット戦闘機さえ持っていない。
最後のハリアー戦闘機も2010年に退役してしまった。
現在の保有艦艇はわずかに89隻である(ちなみに米海軍と、国防総省が保有する支援艦艇群である海上輸送司令部を合わせた保有艦艇は約400隻だ)。
■<削減によるダメージ>
英防衛予算は1988年の対GDP比4.1%から2010年には2.6%へと着実に削減され、それに伴って英海軍の艦艇数も減少していった。
2010年の削減により、防衛予算は実質ベースでさらに8%減った。
2015年の防衛政策見直しの一環として、英政府は、艦艇数の削減停止を公約した。
だが、すでにダメージは生じている。
書類上では、英海軍の艦艇89隻には、ヘリコプター航空母艦1隻、強襲揚陸艦6隻、駆逐艦6隻、フリゲート艦13隻、攻撃型潜水艦7隻、弾道ミサイル潜水艦4隻が含まれている。
残りは掃海艇、哨戒艦その他の補助艦艇であり、多くは米国の沿岸警備隊が保有する小型の巡視船と同程度の規模だ。
強力な敵と戦って生き残るために十分な探知能力や火力兵器・防御力を備えた、
本当の意味での一線級の艦艇と考えられるのは、駆逐艦6隻、フリゲート艦13隻、攻撃型潜水艦7隻のみである。
それ以外は、危険の伴う水域では護衛を必要とする。
任意の時点で、ほぼ半数の艦艇は定期点検や訓練に入っている。
それ以外にも数隻が小規模な定点哨戒に従事しているため、緊急事態に対応できるのは少数の艦艇しか残っていない。
だがそれも、艦艇を動かす十分な兵員がいることが前提だ。
英海軍は艦艇よりも速いペースで人員を削減している。
海軍の現役将兵は、2000年の時点で3万9000人だった。
現在は2万9000人をわずかに越える程度で、少なくとも2000人の欠員が生じている。
艦隊編成の担当者は、最も強力な艦艇2隻を編成から外すことで人員不足に対処しようとした。
今夏、23型フリゲート艦「ランカスター」の乗員を他の艦艇に分散させた。
また、新型の45型駆逐艦「ドーントレス」は発電機に深刻な問題を抱えて修理のために帰港しており、修理は早くとも2019年までかかる可能性がある。
「ドーントレス」の乗員も他の艦艇に振り分けられた。
これらの艦艇が任務から離れているため、英海軍の実質的な戦力は、戦闘艦26隻から、過去最低となる24隻まで低下している。
今年の7月、新型の攻撃型潜水艦「アンブッシュ」が、ジブラルタル海峡で商船と衝突した。
潜水艦は深刻な損傷を受け、修理のために本国に曳航された。
修理には最短でも数カ月を要する可能性がある。
この事故で、英海軍の水中戦闘能力は15%近く低下。
これにより、英海軍には予備戦力がほとんど存在していないことが露呈した。
■<世界の大半から撤退>
予算削減が進むなかで、英海軍の艦隊は世界の大半から撤退していった。
2010年以前は、ソマリア沖での海賊対策において英海軍は主役を担っていた。
だが2012年、英国政府は海賊対策への恒常的な参加をひっそりと終わらせてしまった。
英国は、本土にずっと近い場所でも艦艇不足を感じている。
2014年1月、プーチン大統領の下で復活しつつあるロシア海軍のミサイル巡洋艦が北海を航行し、スコットランドまで30マイル(約48キロメートル)の距離まで接近した。
だが、唯一展開可能だった駆逐艦「ディフェンダー」はイングランド南岸のポーツマス港にいた。
「ディフェンダー」は24時間かけて600マイルを航行し、スコットランドに向かった。
同艦はようやくのことでロシア艦を捕捉し、双方の乗員のあいだで数回の無線交信を行った後、ロシア巡洋艦を英国の領海外へと誘導した。
その数カ月後、「イスラム国」戦闘員がイラク北西部に侵入。
イラク政府による撃退を支援するため、各国は空・海軍を動員した。
だが過去1世紀のなかで初めて、英国はほとんど何の貢献もできなかった。
固定翼機を支援する能力のある航空母艦を保有していなかったためだ。
英政府は10年以上にわたり一貫して英海軍の削減を続けているが、これが国家安全保障に悪影響を及ぼすことを否定している。
政府はその根拠として、新たなフリゲート艦、駆逐艦、潜水艦、そしてF35ステルス戦闘機を搭載する新型の大型航空母艦2隻を建造する、数十億ポンド規模の建艦プロジェクトが複数あることを指摘している。
だが、新造艦はあまりにも少なく、就役も遅すぎる。
また、旧型艦を代替するには武装が貧弱だ。
もちろん、艦隊の拡大・強化には程遠い。
■<空洞化トレンド>
近年、英海軍は42型駆逐艦12隻を、新型の45型駆逐艦わずか6隻に交代させた。
より大型で武装も強化されているが、機械的な信頼性が低い。
さらに、かつて旧型艦が担っていた任務に対応するには艦数が少なすぎる。
艦隊は、旧型となった「スウィフトシュア」級及び「トラファルガー」級攻撃型潜水艦12隻の代わりに、「アスチュート」級をわずか7隻就役させようとしている。
45型駆逐艦の場合と同様、「アスチュート」級も、旧型に比べ大型で、より多くの武器を搭載している。
だが、これまた45型と同様に、「アスチュート」級は運用が難しいことも判明している。
いずれにせよ、旧型の潜水艦がかつて哨戒していた海域すべてをカバーするには十分ではない。
現在、艦隊には旧型である23型フリゲート艦が13隻所属している。
政府が承認した新型の26型フリゲート艦の建造計画はわずか8隻だ。
一方、艦隊の戦力を維持するため、より小型の31型フリゲート艦を少なくとも5隻は建造すると約束している。
だが、軽武装の31型では、より重武装のロシア艦に対する頼りになる抑止力となるには、火力も防御も不足している可能性がある。
実際のところ、英国の最新型艦艇の多くは、驚くほど軽武装である。
英国政府は過去2年間で数隻の小型軽武装の哨戒艦を発注した。
旧型艦の退役と相殺すると、英海軍では、小型で火力不足の艦艇の投入により見た目の艦数を維持しつつも、実際の戦力は着実に低下していくという空洞化トレンドが続いている。
最も良い例が、新型の航空母艦だろう。
2隻の「クイーンエリザベス」級は、全長920フィート(約240メートル)、排水量6万トン以上で、英国がこれまでに建造したなかでも最大の軍艦である。
これが2020年に就役すれば、英海軍は、2010年にハリアー戦闘機を退役させた時点で失った海上航空能力を回復することになる。
だが、「クイーンエリザベス」級は、もっと大規模な艦隊を想定して計画されたものだ。
航空母艦には、英国が現状で提供できるよりも多くの航空機と護衛艦艇が必要である。
たとえば米海軍では、航空母艦1隻には、
搭載機60機、
駆逐艦及び巡洋艦3─4隻、
潜水艦1隻、
補助艦艇数隻
が必ずセットになっている。
英海軍としては、展開するのは航空母艦1隻のみで、もう1隻は本国に待機させておく想定である。
新型航空母艦に搭載するF35戦闘機は12─24機の予定で、艦の能力を十分に発揮するには少なすぎる。
さらに、航空母艦に随行・支援するために必要な艦艇(護衛のために必要なフリゲート艦及び駆逐艦3─4隻、補給のための支援艦数隻)を配備すれば、英海軍が展開可能な戦力を独占してしまうことになる。
6万トン級の航空母艦は、50機以上の航空機を収容できる。
英国政府が購入を計画しているF35戦闘機はわずか48機で、任意の時点で、その多くが整備や訓練に回っている可能性がある。
海軍は、確かに複雑でお金がかかる。艦隊に関心を払うのをやめてしまえば、どこかに消えてしまう。
英国の同盟国にとっては、そこに大きな教訓がある。
*筆者は軍事情報サイト「War Is Boring」の編集者で、ニュースサイト「Daily Beast」に定期的に寄稿している。またWIREDのウェブサイト「Danger Room」や雑誌「Popular Science」でも執筆している。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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ロイター 2016年 08月 22日 07:57 JST
http://jp.reuters.com/article/column-gb-navy-warship-idJPKCN10U0OL?sp=true
コラム:最強を誇った英国海軍「凋落」の教訓
[11日 ロイター] -
かつて世界最強と謳われた英海軍だが、それも今は昔だ。
米国をはじめとする同盟国にとっては、これはゆゆしき問題である。
伝統的に、英海軍は米海軍にとって最も緊密なパートナーだった。ほぼすべての敵に対して、両軍は共に戦ってきた。
したがって、英海軍の実力が低下すれば、米政府にとっての海軍力も損なわれてしまう。
だが今日、英海軍にかつての面影はない。
政府の予算編成担当は、繰り返し、しかも過剰に、海軍の艦艇・人員を削減してきた。
今や英海軍は辛うじて自国の領海を哨戒できる程度で、英国の威光を海外に及ぼすことなど論外である。
英政府はようやく海軍衰退の流れを逆転させることを約束したが、手遅れかもしれない。
士気は低下し、残された少数の艦艇は海上で頻繁に故障を起こしている。
英海軍の症状は末期に至っているのではないだろうか。
しかも、これ以上ないほどタイミングが悪い。
過激派組織「イスラム国」を打倒し、攻撃的な態度を強めているロシアを抑え、大国として華々しく台頭しつつある中国に対処するために、西側諸国は兵力の動員を進めている。
これまで以上に不安定さを増しているように見える世界において、対立する財政需要の帳尻合わせに苦心する資金不足の各国政府にとって、英海軍の凋落は客観的な教訓を与えてくれる。
そう、海軍には金がかかる。
長期的な計画や労力、資金が必要となる。
はっきりした紛争がない平時には、艦隊を持つメリットが見えにくい場合が多い。
だが、海軍は依然として国防の要である。
海軍は高度な探知能力と強力な長距離兵器を備えて国際水域を哨戒することにより、(近隣に滑走路が必要となる)空軍や、(移動により時間がかかる)陸軍に比べ、より迅速に危機に対応し、多くの火力を投入できる。
海軍を粗略に扱い、衰退させてしまえば、それによって生じた空白をすぐさま埋めるのは、ならず者国家やテロリスト、犯罪者だ。広大な海洋を監視するには海軍が必要なのだ。
かつて世界有数の存在だった海軍が消えてしまえば、そこには実質的に、安全保障の真空地帯が生まれる。
第2次世界大戦中は、英海軍はまだ権勢を誇っていた。
1944年のノルマンディー上陸作戦「Dデイ」には、欧州をナチスドイツから解放する連合軍部隊を護衛するため、英海軍は900隻以上の自国艦艇を英仏海峡の反対側に送り込むことができたのである。
1982年においても、英海軍はフォークランド諸島をアルゼンチンから奪い返すため、戦闘機を配備した2隻の空母を含む、少なくとも115隻の艦艇を集結させることができた。
今日、英海軍はジェット戦闘機さえ持っていない。
最後のハリアー戦闘機も2010年に退役してしまった。
現在の保有艦艇はわずかに89隻である(ちなみに米海軍と、国防総省が保有する支援艦艇群である海上輸送司令部を合わせた保有艦艇は約400隻だ)。
■<削減によるダメージ>
英防衛予算は1988年の対GDP比4.1%から2010年には2.6%へと着実に削減され、それに伴って英海軍の艦艇数も減少していった。
2010年の削減により、防衛予算は実質ベースでさらに8%減った。
2015年の防衛政策見直しの一環として、英政府は、艦艇数の削減停止を公約した。
だが、すでにダメージは生じている。
書類上では、英海軍の艦艇89隻には、ヘリコプター航空母艦1隻、強襲揚陸艦6隻、駆逐艦6隻、フリゲート艦13隻、攻撃型潜水艦7隻、弾道ミサイル潜水艦4隻が含まれている。
残りは掃海艇、哨戒艦その他の補助艦艇であり、多くは米国の沿岸警備隊が保有する小型の巡視船と同程度の規模だ。
強力な敵と戦って生き残るために十分な探知能力や火力兵器・防御力を備えた、
本当の意味での一線級の艦艇と考えられるのは、駆逐艦6隻、フリゲート艦13隻、攻撃型潜水艦7隻のみである。
それ以外は、危険の伴う水域では護衛を必要とする。
任意の時点で、ほぼ半数の艦艇は定期点検や訓練に入っている。
それ以外にも数隻が小規模な定点哨戒に従事しているため、緊急事態に対応できるのは少数の艦艇しか残っていない。
だがそれも、艦艇を動かす十分な兵員がいることが前提だ。
英海軍は艦艇よりも速いペースで人員を削減している。
海軍の現役将兵は、2000年の時点で3万9000人だった。
現在は2万9000人をわずかに越える程度で、少なくとも2000人の欠員が生じている。
艦隊編成の担当者は、最も強力な艦艇2隻を編成から外すことで人員不足に対処しようとした。
今夏、23型フリゲート艦「ランカスター」の乗員を他の艦艇に分散させた。
また、新型の45型駆逐艦「ドーントレス」は発電機に深刻な問題を抱えて修理のために帰港しており、修理は早くとも2019年までかかる可能性がある。
「ドーントレス」の乗員も他の艦艇に振り分けられた。
これらの艦艇が任務から離れているため、英海軍の実質的な戦力は、戦闘艦26隻から、過去最低となる24隻まで低下している。
今年の7月、新型の攻撃型潜水艦「アンブッシュ」が、ジブラルタル海峡で商船と衝突した。
潜水艦は深刻な損傷を受け、修理のために本国に曳航された。
修理には最短でも数カ月を要する可能性がある。
この事故で、英海軍の水中戦闘能力は15%近く低下。
これにより、英海軍には予備戦力がほとんど存在していないことが露呈した。
■<世界の大半から撤退>
予算削減が進むなかで、英海軍の艦隊は世界の大半から撤退していった。
2010年以前は、ソマリア沖での海賊対策において英海軍は主役を担っていた。
だが2012年、英国政府は海賊対策への恒常的な参加をひっそりと終わらせてしまった。
英国は、本土にずっと近い場所でも艦艇不足を感じている。
2014年1月、プーチン大統領の下で復活しつつあるロシア海軍のミサイル巡洋艦が北海を航行し、スコットランドまで30マイル(約48キロメートル)の距離まで接近した。
だが、唯一展開可能だった駆逐艦「ディフェンダー」はイングランド南岸のポーツマス港にいた。
「ディフェンダー」は24時間かけて600マイルを航行し、スコットランドに向かった。
同艦はようやくのことでロシア艦を捕捉し、双方の乗員のあいだで数回の無線交信を行った後、ロシア巡洋艦を英国の領海外へと誘導した。
その数カ月後、「イスラム国」戦闘員がイラク北西部に侵入。
イラク政府による撃退を支援するため、各国は空・海軍を動員した。
だが過去1世紀のなかで初めて、英国はほとんど何の貢献もできなかった。
固定翼機を支援する能力のある航空母艦を保有していなかったためだ。
英政府は10年以上にわたり一貫して英海軍の削減を続けているが、これが国家安全保障に悪影響を及ぼすことを否定している。
政府はその根拠として、新たなフリゲート艦、駆逐艦、潜水艦、そしてF35ステルス戦闘機を搭載する新型の大型航空母艦2隻を建造する、数十億ポンド規模の建艦プロジェクトが複数あることを指摘している。
だが、新造艦はあまりにも少なく、就役も遅すぎる。
また、旧型艦を代替するには武装が貧弱だ。
もちろん、艦隊の拡大・強化には程遠い。
■<空洞化トレンド>
近年、英海軍は42型駆逐艦12隻を、新型の45型駆逐艦わずか6隻に交代させた。
より大型で武装も強化されているが、機械的な信頼性が低い。
さらに、かつて旧型艦が担っていた任務に対応するには艦数が少なすぎる。
艦隊は、旧型となった「スウィフトシュア」級及び「トラファルガー」級攻撃型潜水艦12隻の代わりに、「アスチュート」級をわずか7隻就役させようとしている。
45型駆逐艦の場合と同様、「アスチュート」級も、旧型に比べ大型で、より多くの武器を搭載している。
だが、これまた45型と同様に、「アスチュート」級は運用が難しいことも判明している。
いずれにせよ、旧型の潜水艦がかつて哨戒していた海域すべてをカバーするには十分ではない。
現在、艦隊には旧型である23型フリゲート艦が13隻所属している。
政府が承認した新型の26型フリゲート艦の建造計画はわずか8隻だ。
一方、艦隊の戦力を維持するため、より小型の31型フリゲート艦を少なくとも5隻は建造すると約束している。
だが、軽武装の31型では、より重武装のロシア艦に対する頼りになる抑止力となるには、火力も防御も不足している可能性がある。
実際のところ、英国の最新型艦艇の多くは、驚くほど軽武装である。
英国政府は過去2年間で数隻の小型軽武装の哨戒艦を発注した。
旧型艦の退役と相殺すると、英海軍では、小型で火力不足の艦艇の投入により見た目の艦数を維持しつつも、実際の戦力は着実に低下していくという空洞化トレンドが続いている。
最も良い例が、新型の航空母艦だろう。
2隻の「クイーンエリザベス」級は、全長920フィート(約240メートル)、排水量6万トン以上で、英国がこれまでに建造したなかでも最大の軍艦である。
これが2020年に就役すれば、英海軍は、2010年にハリアー戦闘機を退役させた時点で失った海上航空能力を回復することになる。
だが、「クイーンエリザベス」級は、もっと大規模な艦隊を想定して計画されたものだ。
航空母艦には、英国が現状で提供できるよりも多くの航空機と護衛艦艇が必要である。
たとえば米海軍では、航空母艦1隻には、
搭載機60機、
駆逐艦及び巡洋艦3─4隻、
潜水艦1隻、
補助艦艇数隻
が必ずセットになっている。
英海軍としては、展開するのは航空母艦1隻のみで、もう1隻は本国に待機させておく想定である。
新型航空母艦に搭載するF35戦闘機は12─24機の予定で、艦の能力を十分に発揮するには少なすぎる。
さらに、航空母艦に随行・支援するために必要な艦艇(護衛のために必要なフリゲート艦及び駆逐艦3─4隻、補給のための支援艦数隻)を配備すれば、英海軍が展開可能な戦力を独占してしまうことになる。
6万トン級の航空母艦は、50機以上の航空機を収容できる。
英国政府が購入を計画しているF35戦闘機はわずか48機で、任意の時点で、その多くが整備や訓練に回っている可能性がある。
海軍は、確かに複雑でお金がかかる。艦隊に関心を払うのをやめてしまえば、どこかに消えてしまう。
英国の同盟国にとっては、そこに大きな教訓がある。
*筆者は軍事情報サイト「War Is Boring」の編集者で、ニュースサイト「Daily Beast」に定期的に寄稿している。またWIREDのウェブサイト「Danger Room」や雑誌「Popular Science」でも執筆している。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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