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ダイヤモンドオンライン 2016年8月2日 加藤嘉一
http://diamond.jp/articles/-/97436
南シナ海“中国敗訴”で共産党統治のジレンマが浮き彫りに
■南シナ海問題をめぐる仲裁判決
官民一体で"内宣"する中国
判決結果に対して、中国は官民一体でネガティブキャンペーンを張っています。
その理由はなんでしょう
「南シナ海問題をめぐる仲裁判決が下されて以来、中国はまさに統一戦線を展開するかのごとく、官民一体でネガティブキャンペーンを張っていますね。
正直、ここまで猛烈になるとは予想していませんでした」
7月下旬、私は北京の天安門広場からそう遠くない一角で、国営新華社通信で国際報道を担当する旧知の記者と向き合っていた。
「これは"内宣"です。
主権や国益に関わる南シナ海問題ですから、
国内世論が乱れることを上は恐れている
ということです」
"内宣"とは、「国内向けの宣伝工作(筆者注:いわゆる"プロパガンダ"と同義語に捉えていいであろう)」のことを指す。
それに対して、"外宣"が「国外向けの宣伝工作」を指し、中国国内では往々にして両者が対比的に語られる。
私は続けて聞いた。
「党や政府機関はともかく、研究者たちも全く同じトーンで中国の立場が完全に正しいと主張し、異なる見方や視角は全く見られません」
先方は苦笑いしながら答える。
「一切の異見は許されません。
それだけでなく、党の立場や主張を宣伝するように指名された研究者は、その任務を全うしなければなりません」
7月12日、南シナ海の領有権問題などを巡ってフィリピンがオランダにあるハーグ常設仲裁裁判所に提訴していた判決が世に出された。
当時、私は日本にいたが、日本のメディアはその動向を大々的に報じていた。
従って、事の成り行きや判決の詳細に関しては割愛するが、簡単にレビューしておくと、周知の通り、判決はフィリピン側の主張を全面的に受け入れるものであった。
中国が南シナ海の大半に歴史的権利を持つとの主張は無効であり、中国が支配する岩礁も海洋権益の基点にならないとした。
特に焦点になったのが、中国が独自に主張する境界線"九段線"であるが、これについても国際法上の根拠がないとする判決を出し、中国が同海域で進める人工島造成などの正統性が疑問視されることになった。
裁判所が審理をしていた間に進めてきた岩礁の埋め立てといった行為は同海域における事態を悪化させたと、中国の行動を非難した。
■「ここまで悪いとは想定外だった」
"中国敗訴"を振り返る研究者
どう読んでも"中国敗訴"としか解釈できない判決結果に対して、私が日頃交流している党・軍・政府の関係者や体制内で影響力を持つ研究者らの多くが
「中国に対して相当不利な判決が出るとは思っていたが、
ここまで悪いとは想定外だった」
という感想をぶつけてきた。
そんな心境が、冒頭で描いた新華社記者との会話から浮かび上がってくる事態を現実化させたのだと言える。
中国が官民一体の統一戦線で"全面的敗訴"に対抗するためのネガティブキャンペーンを展開する上で、一つの"根拠"になったのが、判決が出る直前に米ワシントンD.Cで講演した戴秉国前国務委員が、仲裁裁判所が近く示す判決を「紙くずに過ぎず、中国がこのような仲裁を受け入れず、いわゆる裁定を認めず、執行しない」というトーン&スタンスである(筆者注:党機関紙《人民日報》のウェブ日本語版の関連記事を参照されたい。
同サイトは上記における"外宣"に相当する)
また、判決が出た直後、外交部、国防部、全国人民代表大会外事委員会といった機関が続々と声明を出し、政府としての白書まで出版し、中国の南シナ海における立場や主張を正当化しようとした。
12日に王毅外相が判決結果を受けて発表した談話が中国当局の主張や立場を代表していると言えるため、以下、要点を記しておきたい。
■王外相が判決を受けて発表した談話
「政治的茶番劇」など4点を主張
王外相は
「今日、臨時的に組織された仲裁法廷がフィリピンの前政府が一方的に提起した南シナ海仲裁案にいわゆる裁定を下し、中国の南シナ海における領土主権と海洋権益に損害を与えようと企んだ」
と前置きした上で次の4点を主張した。
★.(1):南シナ海仲裁案は首尾一貫して法律という外衣を着た政治的茶番劇であり、その本質が徹底的に暴露されることとなった。
★.(2):中国は仲裁を受け入れることも、参加することもしないのは、法律に則って国際的法治と地域のルールを守るためである。
★.(3):中国の南シナ海における領土主権と海洋権益は堅実な歴史的・法的根拠を擁しており、いわゆる仲裁裁定の影響を受けない。
★.(4):中国は引き続き交渉と協商を通じて平和的に紛争を解決していくことに尽力し、本地域の平和と安定を守ろうとする次第である。
王外相は
「中国は中国側の同意を経ていないいかなる第3の解決方法、中国側に押し付けようとするいかなる解決方法を受け入れない」
とも主張。
興味深かったのは、判決が出た当日というタイミングで、
「いま、この茶番劇は終了した。
正しい軌道に戻るべき時がやってきた」
と主張していることである。
中国の指導部がそのように主張する背景として、王外相が談話の後半部分で言及している次の部分が挙げられるだろう。
「中国はフィリピン新政府が最近行った一連の表明を承知している。
そこには、南シナ海問題を巡って中国と協商・対話をしていきたいという意思も含まれている。
中国は同政府が実際の行動を以て中国・フィリピン関係を改善する誠意を見せること、中国側と手を携え、意見や立場の相違を妥当的に管理し、両国関係をできるだけ早く健康的な発展の軌道に戻すことを期待する」
■"親中派"ドゥテルテ新大統領に期待
フィリピンに仲裁結果の形骸化を狙う
習近平共産党総書記が5月下旬に実施されたフィリピン大統領選直後に祝電を送ったように、中国は"親中派"とされるドゥテルテ新大統領に期待をかけているように見える。
南シナ海問題をめぐる仲裁案はあくまでも前任のアキノ大統領時代の産物であり、それを差別化しつつ、中国はフィリピン内政における政権交代に戦略的に便乗し、仲裁判決の結果を形骸化させるべく2ヵ国間交渉を仕掛けていくに違いない。
と同時に、習近平政権が設立して以来、"一帯一路"、アジアインフラ投資銀行、シルクロード基金などの枠組み構築も含め、継続的に蓄積してきた"経済外交力"を爆発させるように、形勢をひっくり返すべく利用しようとしたのが、先日ラオスのビエンチャンで開かれた一連のASEAN関連外相会議である。
仲裁案の結果を受けて、ASEAN諸国がどのような声明を発表するのかが注目されたが、中国と領有権を巡って揉めてきたフィリピンやベトナムの主張・立場とは裏腹に、とりわけ中国からの巨大な経済支援を受けているとされるカンボジアが最後の最後まで共同声明で仲裁案を取り扱うことに反対し、結果的に盛り込まれることはなかった。
同地で行われた中国・カンボジア外相会談において、王外相は
「カンボジアなどのASEAN国家が南シナ海問題において公道を保持したことを、我々は高く評価している。
カンボジアが堅持している立場が正しかったと歴史は証明するであろう。
我々はいかなる外部勢力がいわゆる南シナ海仲裁案を利用・扇動することによってこの地域を撹乱させることを許してはならない」
と主張した。
中国国内では
「カンボジアが踏み止まったおかげで、ASEAN会議の共同声明が仲裁案に言及しなかった。
カンボジアのおかげだ。
これまで以上にカンボジアを全面的に経済支援すべきだ」
という世論が高まっていると私は感じている。
■今後、安全保障と経済支援の中心?
中国の立場を支持したラオス、カンボジア
中国は今後、安全保障と経済支援の戦略的結合という観点から、東南アジアではラオス(筆者注:ラオスは会議の議長国を務めたため赤裸々な対中傾倒は避けたものと思われるが、同地域ではラオスも中国の立場を支持しているとされる)とカンボジアを中心に展開していくだろう。
「中国政府はフィリピンが巨額のお金を使って仲裁案を担当する裁判官らを"買収"したと主張するが、
中国がカンボジアを含めた途上国に自国の立場を支持してもらうためにバラ撒いているお金の額もばかにならない。
中国も代償を払っている」(冒頭の新華社記者)。
中国・ASEAN諸国会議は、2002年に締結された《南シナ海における関係国の行動宣言(DOC)》を共同声明として発表した。
中国が同諸国に猛烈にアタックした結果だと言える。
中国は、DOCを以て"南シナ海問題は当事者同士の直接協議で解決するべき議題"という世論を作り出し、かつDOCを早期に《南シナ海行動規範》に昇格させたいと考えているだろう。
王外相はASEAN諸国外相に対して、2017年上半期までに「行動規範」の採択を完了するという目標を提案している。
王外相はビエンチャンで受けた中国メディアの取材に対して
「東アジアは経済共同体を推し進める必要がある。
その過程で主導権を握るべきなのはASEAN諸国だ」
と指摘したが、ASEAN諸国の経済的利益を十二分に尊重することで南シナ海情勢に関連する安全保障利益における"集団的譲歩"を迫りたいと目論んでいる北京の意図が赤裸々に伺えた瞬間だった。
ビエンチャンで取材をしていた中国中央電子台(CCTV)の記者によれば、
「ラオス滞在中も、東南アジア諸国、
特にインドネシア、シンガポール、マレーシアといった中国の立場に厳しい態度を示してきた国のなかで、中国を支持してくれそうな議員や高官を探し出し、取材せよという以前からの任務を背負っていた」
とのことである。
ここにも、外交を通じて"内宣"を強化しようとする中国共産党指導部の慣例的やり方がにじみ出ている。
中国はラオスにおける一連の外相会議を経て、仲裁案敗訴によって苦しい立場に置かれた国際的処遇がとりあえず"緩和"したと考えているだろう。
「これは中国が成長する上で必然的に経験しなければならない挑戦だ。
仲裁案の影響は簡単には過ぎ去らない。
現在、我々は段階的な勝利を収めたけれども、
仲裁の影響は長期的かつ複雑であるのだ」
(阮宗澤・中国国際問題研究院常務副院長が、同研究院が7月27日に主催した南シナ海情勢に関する座談会で指摘)。
■フィリピンを操る黒子は米国
南シナ海は米中衝突の"火薬庫"
特筆に値するのは米国との関係である。
米中関係にとって、南シナ海はまさに両国の核心的利益が真正面から衝突する"火薬庫"であり、両国にとっては近年最大の懸案であり、
仮に米中間で武力衝突が起こるとしたら、その可能性が最も高いのは朝鮮半島でも、東シナ海でも、台湾海峡でもなく、この南シナ海であると私は考えてきた。
いまでもそう捉えている。
実際、今回の仲裁案に関しても、フィリピンはあくまでも表舞台で演じている子役に過ぎず、裏でそれを操っている黒子は米国であるというのが、中国が"内宣"や"外宣"で訴えてきたロジックである。
内宣の例としては、7月13日、外交部の陸慷報道官が
「米国はこれまでも国際法に対して選択的に執行する態度を取っている。
自らの利益に合えば用い、合わなければ捨てるというやり方だ。
他国に対して《国連海洋法条約》を守るように要求しつつ自らはそれに加わろうとしない。
米国に南シナ海問題で他国に対してとやかく言う如何なる資格があるというのか?
我々は米国に自らの言動をしっかり反省し、違法な裁決のために世論を造ること、南シナ海問題で挑発的な行動を取ること、中国の主権の安全利益を損なうこと、地域の緊張情勢を高める行動を停止することを警告したい」
と主張した。
外宣の例としては、7月22日、中国駐米国大使館がワシントン・ポスト紙に"手紙"を送り(15日)、
「中国の南シナ海での行動を批判する社説(14日掲載)を厳粛に反駁し、中国側としての立場を表明した。
手紙の内容は、7月22日の同紙評論版に掲載された」
というプレスリリースを発表した。
手紙は
「懸念されるのは、仲裁という茶番劇と軍事的な威嚇が同時に行われていることである。
米国が南シナ海に軍艦や軍機を配置するやり方は"強権とは公理"というパフォーマンスであり、地域の緊張情勢を加速させ、外交交渉努力を破壊するものである。
我々は米国が正しい選択をし、軍事的な挑発的行動を停止させ、外交努力を重んじること、そして、南シナ海問題を以て中米関係を定義しないことを促したい」
と主張している。
■米国を批判・牽制しておきながら
両国関係の戦略的重要性も強調
ここまで米国を批判・牽制しておきながら、7月25日、ビエンチャンで行われた王毅外相とケリー国務長官の会談は別の様相を呈していた。
外交部が公開した会談のプレスリリースでは両国関係の戦略的重要性を強調するトーンが前面に押し出されており、両国が多方面で協力していこうという意思が示されていた。
懸案である南シナ海問題に関しても、あくまでも中国側の主張や原則的立場を繰り返す内容に終始し、かつ驚いたことに、ケリー長官が、
「中国とASEAN諸国間の声明を歓迎すること」、
「米国は南シナ海仲裁案に対して特定の立場を取らないこと」、
「中国とフィリピンが2ヵ国間対話を再開し、できる限り早く仲裁案という一ページを乗り越え、南シナ海の緊張情勢からクールダウンすること」
を表明したと記されていた。(参照記事)。
実際には、立場の相違や利益の衝突など、激しいやり取りがあったのだろうが、それは封印された。
中国当局がそういうやり取りの存在を人民たちの視線から隠したいと考えていたということである。
また、同日(25日)、習近平総書記が北京でスーザン・ライス米大統領補佐官と会談したが、その模様は中国で最も視聴率の高いCCTV《新聞連播》(7時のニュース)で2分44秒にわたって放送された。
この番組では、原則、党指導部が"内宣"として人民たちに伝えたいことしか扱われない。
南シナ海問題は一切報道されず、あくまでもこの3年強のあいだに米中両国が残した成果、新型大国関係の重要性などを強調するにとどめ、あとはG20首脳会議で双方が再会するのを楽しみにしているといった内容のみが謳われた。
このアンビバレントな対米宣伝工作は何を意味しているのだろうか?
■唯一絶対の執政党として君臨し続けるため
中国共産党は使える手は全て使う
本稿の最後にこの問題を2つの側面から考えてみたい。
★.まず、共産党指導部が"内宣"において統一戦線を敷き、国内世論を徹底的に固めようとした理由は、
南シナ海問題という主権や領土に直結する核心的利益において、そんな主権や領土を主張し、死守する立場にある中国共産党が、少しでも譲歩や妥協をしたかのように国内的に認知されたり、勝負に負けたかのような印象が広がったりすれば、
共産党の威信は傷つき、中華人民共和国における唯一絶対の執政党として君臨し続けるための正統性が揺らぐことになりかねないからである。
この手の問題を巡っては、中国共産党は使える手は全て使い、何が何でも権益を死守しようとする。
より具体的に言えば、自らが統治する人民の前では権益が死守されているという既成事実を死守しようとする。
★.二つ目のポイントは、米国との関係が極端なまでに悪化することを嫌がる共産党指導部の思惑と関係している。
自らの主権や領土といった核心的利益を何が何でも死守しようとすることは、民主選挙を持たず、制度に基づいた政権交代が許されない、言い換えれば、
何が何でも失敗が許されず、
自らが行っている政策が永遠に正しいことを証明していかなければならない共産党
にとっては至上命題である。
と同時に、中国という近代化を掲げる国家がグローバル時代における改革開放政策や国際社会との相互依存によって成り立ち、前に進んでいることもまた真実である。
特に、第二次世界大戦後の国際秩序や規範・ルールの形成過程を主導してきた米国との関係を安定的に管理することは、昨今の中国共産党にとってはもう一つの次元における"核心的利益"だと言える。
■主権、領土問題では一歩も引けない中国共産党
外的要因による内的リスクにも備える
今回の南シナ海仲裁案を巡って米国を悪者に仕立て上げ、"反米感情"が高揚しすぎることによって、愛国無罪や反米無罪をスローガンに掲げ暴徒化する不満分子や造反者が続出し、社会不安が広がるリスクを懸念するのもまた共産党の伝統的思考回路である。
その性質は、日本をケースにした前回コラム『日本の"改憲勢力"台頭で中国社会が無秩序化する?』で指摘した次のパラグラフと同様である。
"反日"が引き金となる形で当局と人民の関係が緊迫化し、人民が当局に反発すべく"愛国無罪"を掲げて暴徒化し、両者が対立する過程で、内戦を彷彿させるような武力衝突が起こり、結果的に社会が不安定化・無秩序化していくこと。
これが、日本の参院選が中国共産党政治の盛衰にもたらし得る最大級の潜在的リスクだと私は考えている。
主権や領土といったテーマを前に一歩も引けない中国共産党。一方で、一体化と多元化が同時に起こっているように見える国際社会、特に米国をはじめとした西側先進諸国と安定的に付き合い、かつ外的要因が引き金となって内的リスクが高まる事態にも備えなければならない中国共産党。
統治のジレンマが深いレベルで顕在化しつつある。
南シナ海仲裁案を北京で眺めながら、そう感じさせられる今日この頃である。
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ダイヤモンドオンライン 2016年8月2日 真壁昭夫 [信州大学教授]
http://diamond.jp/articles/-/97441
中国がアジア各国を“金満外交”で蹂躙する理由
■中国の強引な南シナ海進出に対して
アジア各国の姿勢のばらつきが鮮明化
ラオスで開催されたASEAN外相会議の共同声明を見ても、中国への懸念を示したものの、仲裁裁判所の判断を尊重するとの記述は棚上げされた
国際的な裁定が下ったにもかかわらず、今のところ、中国の強引な南シナ海の海洋進出の落としどころが見えない。
それに伴い、アジア情勢にも大きな影響が出ている。
最も顕著な兆候は、ASEAN(東南アジア諸国連合)の中で対中国の姿勢で溝ができていることだ。
中国の海洋進出に対する、アジア各国の姿勢のばらつきが鮮明化している。
ラオスで開催されたASEAN外相会議の共同声明を見ても、中国への懸念を示したものの、仲裁裁判所の判断を尊重するとの記述は棚上げされた。
カンボジアなど親中派の国が中国への配慮を求めた結果、一時は共同声明が出せない恐れもあったとみられる。
結局、各国は妥協を余儀なくされ、中国の「身勝手」を容認するとも取れる声明に落ち着いた。
声明の中で明示的な批判がなかったことを受け、中国の王毅外相は「ASEANは中国を支持」と身勝手な見方を示した。あくまでも強気な姿勢を崩さない。。
中国政府には、国内経済の減速に対する国民の不満を抑え、関心を海外に向けさせるために積極的な海洋進出を進める必要があるのだろう。
そこには、中国を中心に世界が動くという"中華思想"に頼って、現在の一党独裁体制を支える理屈を作ろうとする意図が読み取れる。
同時に、中国側の焦りも感じられる。
これらの中国の間違った海外政策で、アジア諸国の対中感情は明らかに悪化している。
フィリピン等は自らの主権が侵害されたことを受けて、中国との経済的な関係以上に外交ルートを使った安全保障の強化を重視し始めた。
そうした中、国際的な司法判断を尊重し“大人の対応”を取ってきたわが国に対して、好意的な姿勢を見せる国は増えている。
わが国は東南アジア各国との連携を強め、正しいことを正当に主張すべきだ。
それは、最終的にわが国の経済外交の促進にもつながる。
■中国の“金満外交”に懐柔された
ラオスやカンボジアなど親中派の国
7月12日に示された仲裁裁判所の判断に対して、中国政府は真っ向から反発し、国際司法判断の受け入れを断固拒否している。
その裏には、経済成長率の低下が顕著な中国国内の問題がある。
そうした中国の強硬姿勢は、先述した通り、ASEAN諸国の足並みを乱れさせ始めた。
顕著な例が、ASEAN外相会議の共同声明だ。
声明の策定に当たり、カンボジアは過去の声明文にも修正が必要と主張し、中国に対する配慮を求めたようだ。
その背景には、カンボジアのフン・セン首相が中国からの経済支援によって国内経済を支え、政権基盤を強化してきたことがある。
「中国なくしてフン・セン政権なし」の状況につけ込んで、中国は外相会議に先立ってカンボジアへの新規支援を約束し、自らへの支持を取り付けていた。
ASEAN議長国であるラオスも、カンボジアと並ぶ親中派として知られる。
ラオスも、外相会議に先立って中国との会談を行っていたようだ。
中国は自己正当化と、東南アジア各国からの批判阻止を目的に、ASEAN諸国の切り崩しを図っていた。
親中派の国は、中国のいわゆる"金満外交"に懐柔されたのである。
一方、中国に対する警戒を一段と強めているフィリピンやベトナムなどは、国際司法判断を尊重することを声明文に入れるべきだと主張した。
特にフィリピンには、仲裁裁判所に提訴することで、中国の横暴を国際世論に晒し少しでも歯止めをかけたいと考えてきた。
インドネシアやシンガポールなどもそれに同調した。
その結果、共同声明では南シナ海での動向に懸念を持っていると、暗に中国の海洋進出を批判する表現が盛り込まれた。
しかし、名指しで批判することは回避され、中国への配慮が強く印象付けられる内容になってしまった。
■中国経済の減速と無縁ではない
積極的な海洋進出と外交政策
当面、南シナ海を巡る対立は続くだろう。
これは中国経済の減速と無関係ではない。
中国国内では、成長率の鈍化や失業の増加等、社会情勢は不安定になりつつある。
その中で、共産党政権は国民の不満を抑え、権力基盤を強化するために積極的な海洋進出を図っている。
習近平政権が、国民の求心力維持のために掲げたのが"中華思想"だ。
これは、漢民族が中心となって世界の秩序、繁栄を築くとの考えだ。
つまり、漢民族が悠久の繁栄を謳歌するために、積極的に海外の資源や成長源泉を取り込んで国内の基盤を強化しようとしたのである。
中国は、東南アジア各国に対して表向き友好的なアプローチを仕掛けた。
その一つがAIIB(アジアインフラ投資銀行)の創設だ。
世界各国の協力を取り付けつつインフラ開発支援を呼びかけることで、中国は過剰な供給能力を抱えた国有企業の海外進出を企図した。
一方、中国はスプラトリー諸島海域などで埋め立てを実行し、そこが固有の領土であると主張した。
これにフィリピンなどが反発すると、軍事施設などを設営し圧力をかけた。
これが、「従わなければ力づくで手に入れる」という“力の論理”に基づく外交だ。
道路や鉄道の整備などが不可欠なアジアの新興国にとって、インフラ開発支援はのどから手が出るほど必要なはずだ。
にもかかわらず、徐々に中国の進出を批判し、距離を取ろうとする国が増えている。
この状況は、力の論理の限界、そして中国経済の重要度の低下を意味している。
つまり、ASEAN諸国は、冷静に自国の安全保障と中国の脅威を天秤にかけ、自国の主権と安全保障を守るために国際社会との関係強化を目指し始めた。
それでも中国は、国内事情などを勘案して強硬な姿勢を貫くだろう。
中長期的に見た場合、それは更なる中国への批判や離反につながることは避けられない。
長期的に見て、間違った政策を振りかざし続ければ、いずれ、近隣諸国との関係が崩壊し、中国自身の利益にもならないはずだ。
■わが国は粛々と司法遵守の重要性を説き
東南アジア各国との関係を強化すべき
中国に対する批判や懸念が高まっている状況は、わが国にとってある意味では大きなチャンスだ。ASEAN各国の考えは経済成長と安全保障の両立に向かっている。政府は毅然とした態度で国際司法判断の尊重を国際社会と共有し、ASEAN諸国が求めるインフラ支援などを行えばよい。
アジア諸国のインフラ投資には、官民共同のプロジェクトとして積極的に推進すべきだ。それは、アジア諸国だけではなく、わが国の経済にとっても重要なメリットになる。
2015年12月末、ASEAN域内の貿易促進や市場の統合による経済成長の加速を目指す、アセアン経済共同体(AEC)が発足し東南アジアの10ヵ国が加盟した。AECの人口は6.2億人、全体の経済規模2.5兆ドル(260兆円程度)にのぼる。
AECは世界経済の中でも今後の成長が期待される重要な市場だ。世界の主要国にとって、AECとの関係強化やサポートは是が非でも手に入れたい成長基盤と言える。
すでに、製造業、金融業など、わが国の多くの企業がASEAN地域の経済成長を見込んで積極的に進出している。省エネや製品の耐久性、安全性、アフターサービスだけでなく、技術指導などの面でもわが国に対する期待は強い。
わが国政府は従来の経済協定にとどまらず、トップセールスを展開するなど、早期に、しかも積極的にASEAN経済への関与を深めるべきだ。
現在、中国関連のインフラ支援に関して不信感は高まっている。中国が受注したインドネシア、ジャワ島での高速鉄道整備計画は予定通り進んでいない。そうしたケースを考えると、わが国企業の資金や技術の面からのサポートを強調すれば、インフラ投資の需要を取り込むことは可能なはずだ。
中国の主張を全面的に否定した国際仲裁裁判所の裁定は、中国の強引な海洋進出が完全に誤っていることを世界に示した。わが国は粛々と司法遵守の重要性を説き、東南アジア各国が欲する技術やノウハウの提供に力を入れて関係を強化するべきだ。それが、中国の横暴に歯止めをかける有力な手段になるはずだ。
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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2016年08月12日(Fri) 岡崎研究所
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7456
中国の「南シナ海」判決無視には強硬な対応を
米下院軍事委員会シーパワー・戦力投射小委員会のランディ・フォーブス委員長(共和党)が、National Interest誌ウェブサイトに7月12日付で
「ハーグは中国に対し判決を下した。それを執行する時である」
との論説を寄せ、南シナ海仲裁裁判所の判決を中国が無視すれば、強硬に対応すべし、と論じています。
フォーブスの論旨、次の通り。
■力は正義と考える北京
7月12日の比・中間の領土紛争についての仲裁裁判所の判決は、中国がどう反応するかによって、アジアの安全保障と戦後のリベラルな国際秩序のあり方に大きな影響を与える。
第2次大戦後、米などは紛争の平和的解決、国際法順守、強制力の使用を拒否する国際的枠組みを作ってきた。
この秩序は中国とアジア・太平洋の繁栄に力強く貢献した。
中国は「責任ある利害関係者」になりたいと言ってきたが、中国の最近の行動はソ連崩壊後、この秩序に対する最も深刻な脅威になっている。
中国の経済力、拡大する軍事力、常に他国の侵略意図の被害者であったとの主張は、国際システムに特に困難な問題を提起する。
東シナ海から南シナ海、インドとの陸上国境において、中国は力により現場の状況を変えようとしている。
南シナ海での人口島建設、東シナ海での不法な防空識別圏設定、インドのアルナチャル・プラデッシュでの挑発など、領土問題が先鋭化している。北京は国際政治では「力は正義」との考え方をとっていることを示してきた。
判決は北京への基本的な叱責である。
フィリピンが海洋法の裁判所に提訴したことは、戦後世界で米やパートナーを活気づけた原則や価値と軌を一つにしている。
小さなフィリピンが巨大な中国に対し、国際法に基づき訴訟を起こし成功することは、中国の元外相の中国の行動を正当化する有名な発言、
「中国は大きな国で、他の国は小さな国である。これは事実である」
に対する反論でもある。
中国がこの判決を無視すれば、中国は国際社会の建設的メンバーとして行動するとの約束の空虚さを一挙に示すことになる。
しかしそれは同時に、世界第2の経済力、最大の軍を持つ国が、紛争の平和的解決を含むリベラルな国際秩序を公に反駁し、国際秩序自体に大きな脅威を与えることになる。
国際安全保障への影響は大きい。
米は中国による判決の拒否、あるいはマニラとの紛争の軍事的解決追求に対し、準備し、強い決意をする時である。
最近、2個の空母打撃群を地域に送ったのは適切であった。
もし中国が思慮のない行動をすれば、米は同盟国の側に立ち、侵略に抵抗し、我々の価値を守ることに何の疑問もないようにすべきである。
この判決は戦後の国際秩序の価値と中国の修正主義の衝突という点で、中国の台頭の歴史の屈折点である。
中国がどう反応するかは中国の問題である。
しかし米はただ一つの選択肢しか持たない。
フィリピンや地域の友人と共に、普遍的価値および軍やGDPの規模にかかわらずどの国も法の上に立たないとの信念を擁護するということである。
出典:J. Randy Forbes,‘The Hague Has Ruled against China. Time to Enforce It.’(National Interest、July 12, 2016)
http://nationalinterest.org/feature/the-hague-has-ruled-against-china-time-enforce-it-16939
今回のフィリピンと中国の紛争に関する仲裁裁判所の判決は、中国の南シナ海でのいわゆる9段線に基づく管轄権主張を国際法上根拠がないと断じ、人工島を基盤にEEZなどの海洋権益を主張することはできないとしています。
この判決は比と中国との係争にかかわるだけではなく、南シナ海での中国の主張を全体的に否定するものです。
また、航行の自由など、比以外の国、国際社会全体の利益にもかかわるものです。
■国際秩序への挑戦
さらに、この論説でフォーブスが論じているように、中国がどうするかは中国の国際法に対する姿勢、ひいては国際秩序に対する姿勢を判断する大きな材料になります。
中国は、判決の受け入れを拒否し、南シナ海は歴史的に中国の領土という議論を展開し、比に働きかけてこの仲裁判断のインパクトを弱め、問題を矮小化しようとするでしょう。
それが成功するか否かは、比の対応もさることながら、米、日、越、印、さらに欧州諸国が今後どういう対応をしていくかによります。
この判決を無視することは現在の国際法秩序に挑戦することです、紛争の平和的解決の原則に反するものであるとして、議論をしていくことが肝要です。
それがこの地域で「力ではなく、ルールによる国際秩序」を守っていくために必要であり、中国による「拡張主義」を抑えていくことにつながるでしょう。
この判決で好都合な機会が出てきたと思われます。
十全にこの機会を利用すべきです。中国が反発し、南シナ海でADIZ設定をするような場合、直ちにそれを無効化するような行動を取るべきです。
緊張の激化を恐れると、より悪い緊張が出てくるでしょう。
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