2016年8月23日火曜日

南シナ海波高し(3):「愛国主義的行動」が愚か者呼ばわりされる’時代に

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ニューズウイーク 2016年8月22日(月)11時34分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/08/post-5682.php
市川文隆(時事通信社解説委員)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載

【南シナ海】スカボロー礁での中国の出方が焦点
――加茂具樹・慶應義塾大学教授に聞く

 慶應義塾大学の加茂具樹教授は時事通信社のインタビューに応じ、国際仲裁裁判所による南シナ海の領有権問題に関する判決などについて、見解を示した。
 内容は次の通り。
 (インタビューは7月27日、聞き手=時事通信社解説委員 市川文隆、写真はニュース映像センター写真部 河野綾香)



――中国は判決を「紙くず」と表現するなど強い態度に出ました。

加茂具樹・慶大教授: 
 中国の対外行動は、国内に向けたものと国際社会に向けたものとの二つに分けて考えた方が良いと思います。
 中国政府は、南シナ海にある島々とこの海域における主権と管轄権は長い歴史的な過程で確立してきたと、国内に向けて説明してきたのですから、当然、今回の判決は受け入れられないと言うでしょう。
 背後に日本や米国が居て、問題を起こしているという説明も予想通りでしょう。
 「紙くず」という表現は国内向けです。
 対外的には、中国は安全保障上の問題として南シナ海におけるプレゼンスの維持と拡大を目指すとともに、協議を通じて地域の問題として解決を模索してゆくのでしょう。

――中国は国際法・規範を守らないという意思表示をしているのでしょうか。

加茂氏:
 そうではないと思います。
 一方で、中国は自らを遅れてきた大国であり、既存の国際秩序の中にあって、中国が活動できる空間は依然として狭いと考えています。
 そのため、強い自己主張をしながら既存の秩序の問題点を指摘し、それを改善していこうという試みを続けています。
 中国は自らの行動を、既存の国際秩序に挑戦するのではなく問題点を改善する、と説明しています。

 具体的には、東シナ海における中国の行動がそうです。
 中国は1992年制定の領海および接続水域法で尖閣諸島を自分の領土だと定めました。
 その後、中国は国力を増してゆくにつれて主権を主張し始め、また日米同盟の強度を観察するため、そして東シナ海の既存の秩序の問題点を指摘する行動をとってきました。
 相手の出方を見ながら、隙があれば自分たちの主張を強め、そして自らの望む形に状況を改善していくやり方でしょう。

【参考記事】仲裁裁判がまく南シナ海の火種

――かつての国際協調的な中国が、特に習近平政権になってからはそれを否定する方向にかじを切ってきた印象があります。

加茂氏:
 中国の「国家の平和と繁栄を実現する」という目標は変わっていません。
 目標は変わらなくとも、目標を実現するための手段が変わったと言えるかもしれません。
 中国の方針は
 「自分たちは弱い。
 まずは経済発展を追求して国力を高め、覇権国である米国と関係を構築しながら、目標を実現する」
というものでした。
 中国は、冷戦崩壊後静かに状況を見ながら、既存の国際的な経済秩序への参入に努め、また安全保障の秩序を警戒しながらも明示的に対抗することなく、国力発展の道を歩むという方針を選択してきました。
 中国は、リーマン・ショック後の辺りから、国際社会に力の分布の変化の可能性を見いだし、そこにチャンスがあると考え、自己主張をし始めたのでしょう。

 南シナ海に関する主張もそうです。
 中国の国内で、
 「南シナ海の島々は中国の歴史的な領土であった。
 しかしこれまでは、それを主張する実力が無かった。現在はそれができる」
という声をよく耳にします。
 だから中国は「埋め立て」を含めた行動に出ているのだと。
 中国はこれまで力が無くてできなかったことをしているだけだと言いますが、今、私たちが目にしている中国の活動は、既存の国際秩序に大きな影響を与える行動であり、周辺諸国からは力を背景とした現状の変更です。

 日本は中国に対して、戦後70年間の日本の平和と繁栄、そしてアジアを平和と繁栄に導いた秩序との調和を保つよう求め続ける必要があります。
 中国が今の行動様式を選択し続けるのであれば、中国が支払わなければならないコストは高いのだということを、日本はこれまでと同様に明確に説明する必要があります。
 ただし問題は「コスト」感覚が同じかどうかです。
 日本が高いコストだと思っても、中国はそう思わないかもしれません。

■プレッシャーと協調使い分けが重要

――エンゲージメント政策が間違っていたのではとの指摘があります。

加茂氏:
 そう考える必要は無いと思います。
 日本政府は中国との間に戦略的互恵関係を構築すると言い続ける。
 その内実は「力を背景にした対話」という、「圧力」と「対話」とを使い分けながら、中国と向き合ってゆくのです。

 中国から見れば、安倍晋三首相の言動は対中「包囲」に見えます。
 4月末に岸田文雄外相が読売国際経済懇話会で行った演説を中国がどう評価しているのか分かりませんが、この演説を通じて透けて見えてくる、中国とともに「共通の規範」のようなものを作ってゆこうという主張は「対話」ということになるのでしょうか。
 日本と中国は隣国であり、引っ越しをすることはできません。
 日本の対中政策は、こういう使い分けを粘り強くやり続けてゆくのです。

 これは中国国内における外交方針をめぐる二つのグループの存在を考えると、より必要な姿勢だと思います。
 圧力をかけるだけだと協調派をつぶすことになるし、柔軟な働き掛けだけでもうまくいかない。
 中国国内における異なる声の存在を意識しながら、状況に応じて政策に硬軟を織り交ぜるというのは適切な戦略だと考えます。

【参考記事】中国は日本を誤解しているのか

――今回の仲裁判決に対して、中国国内の国際協調派の声が全く聞こえてきません。

加茂氏:
 そうした声が全く無くなったかというとそうではないと思います。
 6月に交通事故で亡くなった、かつて駐フランス大使を務め、外交学院院長や全国政治協商会議外事委員会副主任の職にもあった呉建民氏は、中国国内ではハト派の代表的人物として認知されていました。

 呉大使は、たとえ中国は発展してきたとはいってもまだまだであって、少なくともなお30年〜50年の時間が必要であり、「『夜郎自大』になってはならない」と3月の外交学院での演説で述べていました。
 また他の機会では、中国国内のナショナリズムの台頭を批判する発言をしていました。
 日本からは中国国内の協調派が見えてこないのかもしれませんが、中国において外交実務担当者や研究サークルで活動している人と対話をしていると、「『紙くず』発言は国内世論を活気づけるが、国際社会の中国イメージを損ない、中国は国際秩序に挑戦しようとしているというメッセージを与える」との憂慮もしっかりと聞こえてきます。
 「埋め立てはどの国もやっているのだとしても、中国はスピードが速過ぎて独善的に見える」ことを懸念しています。
 問題は、そうした声が実際の政策にどの程度影響を与えているのか、ということです。

■安保抜きの共同開発受け入れあり得ず

――中国とフィリピンの交渉は始まるのでしょうか。

加茂氏:
 中国とフィリピンが領有権を争っているスカボロー礁を、中国の人民解放軍に近い筋が埋め立てて島を造ってゆく作業に着手する用意があると述べた、という香港の報道があります。
 そうなれば次のステージに入るのでしょう。

 中国側は問題の解決にはフィリピンとの対話をすると言っています。
 中国は、アキノ前大統領は批判するけれども、ドゥテルテ現大統領は批判していません。
 今回の東南アジア諸国連合(ASEAN)の一連の会合でカンボジアを自陣営に引き入れたように、個別の対応をし続けるのが中国のやり方でしょう。
 もちろんフィリピンもまた、中国との交渉をめぐって当然に自国の国益で動くはずです。

【参考記事】【ルポ】南シナ海の島に上陸したフィリピンの愛国青年たち

――スカボロー礁周辺の資源の共同開発での合意はあり得ますか。

加茂氏:
 中国は経済支援や共同開発を提案するでしょう。
 しかし、フィリピンにも米軍にとっても、スカボロー礁は戦略的要衝ですから、経済協力の深化と安全保障上の譲歩は別次元の話になるのではないでしょうか。
 フィリピンも米軍も、この海域における中国の軍事的影響力が強くなるような事態を見過ごすことは到底できないでしょう。

――スカボローとパラセル(西沙)、スプラトリー(南沙)のトライアングルができてしまいます。

加茂氏:
 その三角形の空間が中国の空・海域となる。
 南シナ海をまたぐ軍事的な影響力の範囲をさらに完全なものにすることが、この海域において中国の安全保障政策が目指しているものでしょうか。

――中国はオバマ大統領の任期が半年余りということも考え、強硬姿勢に出てくるのでは。

加茂氏:
 一つのチャンスと考えているでしょう。
 ただし、中国にとってもスカボロー礁はフィリピンと米軍と同様に戦略要衝ですが、ここで埋め立て作業に着手することは、周辺諸国から挑発と受け止められないということを中国は理解しているでしょう。

 中国は、フィリピンと米国の同盟関係の強度を観察する材料としてみているのでしょうか。
 国際社会は、中国がどう出てくるかを測りながら、スカボロー礁がレッドラインであることを明確に伝え、それを越えることによって中国が支払わなければならないコストの高さを示すことが必要でしょう。

――中国が根回しをした結果、ASEAN外相会談の共同声明に仲裁判決に関する文言は盛り込まれなかった。
 中国の外交勝利でしょうか。

加茂氏:
 共同声明は、判決には触れずに南シナ海の問題を「国際法に沿った平和的な問題解決」を追求するとしています。
 2012年にASEAN外相会議は共同声明を出さなかったここと比較して考えれば良いでしょう。
 一方で、中国の王毅外相は南シナ海における行動規範の策定を17年上半期までに完了することを述べているように、中国はASEANにも配慮をしています。

 南シナ海をめぐる問題は、これからもASEAN諸国と中国との間でずっと継続して協議してゆかなければならない課題です。
 判決の結果、南シナ海にある島々とこの海域における主権と管轄権は長い歴史的な過程で確立してきたという中国の主張は国際場裏では通らないことが明確になり、中国はASEANを中心とする多国間の会議の場で議論してゆかなければならなくなった、というふうに考えるべきではないでしょうか。
 国際社会のゲームの場に、中国を取り込んだことが重要な意味を持ちます。

【参考記事】逃げ切るのか、中国――カギはフィリピン、そしてアメリカ?

■G20成功に向け現状維持が原則か

――9月には杭州で20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれます。中国の外交はどう展開するでしょうか。

加茂氏:
 この会議は、習政権の外交にとって極めて重要な意味を持つ国際会議です。
 中国の対外行動の中で最も国際社会から関心を集めている南シナ海をめぐる問題は、こうした国際会議の場で必ず議題として取り上げられ、中国はさまざまな圧力を受けることになります。
 それぞれ中国との関係や南シナ海に関する利害が異なるASEAN諸国と中国との対話が、この問題の行方に大きく影響してゆくのかもしれません。
 ですから中国はG20首脳会議までの時間を、南シナ海問題をめぐって関係する諸国との協議を深めるために費やすでしょう。
 これ以上(悪い方向に)大きく発展しないだろうと思います。

――米大統領選の2候補について、中国はどう見ているでしょうか。
 ヒラリー・クリントン前国務長官の場合はアジア回帰主義が強まるのでは。

加茂氏:
 民主党の政策綱領には日米同盟関係の強化が明記されています。
 共和党の政策綱領にもアジア太平洋地域に積極的に関与することが示されています。
 「アメリカ・ファースト」という主張をしてきたドナルド・トランプ氏の発言を捉えて、米国の他国への関心・関与が弱まるのではないかという意味では、中国にとっては有利という受け取りがあるかもしれません。

 とはいえ、中国の安定と繁栄にとって、民主党の米国であっても共和党の米国であっても米国との関係の調整は最重要な課題であることには変わりありません。
 英国大使等を務め、現在は全国人民代表大会(全人代)外事委員会主任、中国社会科学院国家グローバル戦略シンクタンクにも所属している傅瑩氏の「米国主導の国際秩序は中国をまだ受け入れていない」という発言にあるように、中国国内には国際社会が中国を認めていないことへの不満の声があります。
 今後、中国は米国にさまざまな要求を提起し、アメリカを中心とする既存の秩序の問題点を指摘し、その改善の必要性を主張してゆくことには変わりありません。

――日本の南シナ海への関与はどうあるべきでしょうか。
 具体的には自衛隊の艦船の派遣、航行の自由作戦への参加ですが。

加茂氏:
 まず、従来通り、この地域の問題をめぐっては、「『法の支配』に基づき平和的に解決することが重要である」ことを繰り返し主張すべきだと思います。
 中国は、米軍が現在展開している「航行の自由作戦」へ日本の海上自衛隊の艦船が参加することは、日中関係に影響を与える極めて重要な問題であり、かつ中国はそれを望まないというメッセージを一貫して発しています。

 中国からすれば、こうした行動が日本による現状の変更の動きだと映るわけです。
 12年9月に日本政府が尖閣諸島の三つの島の所有権を取得したことを中国は「日本による現状の一方的な変更」と捉え、これを口実に尖閣諸島海域での圧力を一層強めています。
 南シナ海への日本の関与は、中国による日本に対する一層の圧力を呼ぶことになるでしょう。

――フィリピンのコーストガード(沿岸警備隊)支援は既に行っています。

加茂氏:
 よく考えなければいけないのは、日本が南シナ海への関与を深めることによって、この海域に関係するアクター間のパワーバランスに影響を与える可能性があるということです。
 中国の台頭によって揺れているこの地域のパワーバランスを保つために、日本はキャパシティービルディングのための支援をすれば良い、という単純な問題ではないということです。

 例えば、日本がフィリピンにコーストガード支援を行うことは台湾の利益と必ずしも一致しません。
 台湾とフィリピンとの間には、領有権をめぐる対立や漁場や漁民の保護をめぐる対立など、幾つかの複雑な問題が存在しています。
 日本の支援によってフィリピンの沿岸警備能力が向上することは、台湾にとっては脅威になり得ます。台湾とフィリピンの間の問題は、台湾とフィリピンとの間で調整すべきことです。
 しかし日本は、南シナ海問題に関係するアクター間の利害関係は複雑であり、日本のこの地域への関与の在り方については、複雑な地域のバランスにどのような影響を与える可能性があるのかをよく考えながら取り組むべきだ、ということです。

■集団指導体制からトップの指導力拡大か

――中国の指導部で経済問題をめぐる対立が先鋭しているという見方があります。

加茂氏:
 経済改革をめぐる大きな意見の相違があるようです。
 5月に、人民日報紙上で李克強首相が率いる国務院の経済政策を批判する記事が掲載されました。
 それが習主席と李首相の間で経済政策をめぐる意見の相違があることを示唆しているという見方が提起されています。
 それが真実かどうかは分かりませんが、中国国内では経済の見通しおよび経済政策の方針をめぐって、議論が展開しています。

【参考記事】中国政治の暑い夏と対日外交

――今年の中央委員会総会では何が見えてくるでしょうか。

加茂氏:
  17年に5年に1回開催される共産党の全国代表大会が開催されることになっています。
 この大会では17年から5年間の中国をかじ取りする人事が決まります。
 これまでの慣例に従えば、そこでは5年だけでなく、さらにその先の10年から15年をかじ取りする指導者、すなわち習総書記の後任を選ぶことになります。
 ですから、今年の秋に開催される中央委員会総会の辺りから、後任人事をめぐる議論が活発に行われます。
 「権力の継承」の問題ですから、「誰か」だけでなく、どのように選ばれるのかも重要なポイントです。
 中国をめぐっては、南シナ海の問題をはじめとする中国外交だけでなく、その国内政治についても多くの関心を集めています。

 7月26日に開催された中央政治局会議で、今年10月の中央委総会の議題が明らかになりました。
 それによれば「新しい情勢下の党内政治生活に関する若干の準則」が議論されることになっています。
 まだ議題となることだけしか発表されていないので、この準則の具体的中身についてはまだよく分かりません。
 中央委員会や政治局、政治局常務委員会といった、中国政治の中枢を担う機関の構成員の党内の活動の在り方について話し合うことになります。

 「党内政治生活に関する若干の準則」というのは、文化大革命の再演をいかにしたら防ぐことができるのかという問題意識を踏まえて、80年につくった党内の権力構造の在り方や人事の在り方に関する方針を定めたものです。
 この方針を踏まえて、その後、個人への過度の権力の集中を避けるために国家機関の定年制や任期制を導入しました。

 これを10月の中央委員会で「新しい情勢」の変化に沿うように変えるというわけです。
 一部の議論では、習氏の任期の延長、つまり2期10年で終わらないための布石を打つのではないかと言われています。

――より強いリーダー確立のための制度変革でしょうか。

加茂氏:
 習氏は、中国の一層の発展と安定のためには強い指導部が重要だと信じています。
 胡錦濤総書記の時代のような集団指導体制よりも核心となる指導者の下で、強いリーダーシップを発揮できる指導部をつくるための制度を確立させてゆくことを目指すのでしょう。
 ですから、これに先立って開催されるG20首脳会議を成功させることが必至だということになります。

 習政権の対外政策は、これまでことごとく失敗してきたという指摘があります。
 対日、対韓、対米、対東南アジア、対台湾、内政ですが香港がそうです。
 そうした失敗によって習氏の政権内部における威信が弱くなっているのでは、と見られています。
 しかし、この秋の党の会議で、今まで30数年以上続いてきた党内の制度を変えることを議題とすることができたということは、
 習氏には制度を変える政治的権威があると読むことができます。
 外交の失敗で党内基盤が弱まっているという説明は成り立たないかもしれません。

 習政権は、強い指導者による統治という中国政治の形をつくろうとしています。
 習氏は、就任直後から「中華民族の偉大な復興」という言葉を、それ以前の指導者と比較してより多く使っています。
 また、以前の指導者は経済の「発展」という言葉をよく使っていましたが、
 習氏は「党の建設」という言葉を多用しています。

 この言及するキーワードの変化は、この単語を発言する人、つまり習氏の問題関心の所在が投影されているのでしょう。
 今、自らが推進させてきた
 改革開放政策によって生まれた多元的な社会に向き合っている中国共産党による統治のコストは上昇し、危機に直面している、という意識がとても強いことを意味しているのだと思います。
 だから内政は強い指導者を求めています。

 そして外交は、自分たちの生存空間を確保するために何をするべきかを考え、そうした意識が積極的で強硬な外交政策を必要としています。
 既存の国際秩序の問題点を改善する好機にあるという意識も、そうした政策を後押ししています。
 このように内政と外政がリンクしているのです。

――実現すれば皇帝のようになるということですか。

加茂氏:
 海外の中国研究者の中には「習近平のプーチン化」という指摘があります。
 「2期10年」という慣例を破って任期の延長が現実になる可能性のことです。
 どんな組織でもトップの任期は重要です。
 任期の終わりが見えないということは、その配下にある人たちは、いつまでもそのトップの意向を忖度(そんたく)せざるを得なくなる。
 権威の強大化です。
 対外政策にも指導者の国際感覚が大きく反映されるでしょう。

■敗北感無い? 中国外交

――先ほど指摘された外交上の失敗は、習氏個人の外交感覚の欠如に起因するのでしょうか。

加茂氏:
 今の意思決定の形から想像すれば、強く影響しているように思えますが、中国の対外行動が、どの程度、習氏個人の外交感覚を反映したものであるのかはよく分かりません。
 ただし、中国の外交政策の研究者や外交の実務担当者たちは力のバランスやリアリズムに基づく発想を信じているのではないかと感じます。
 中国の小国と大国に対する外交の形は違います。

 中国の政権指導部自身が、自らの外交を「失敗」と評価しているのかどうか分かりません。
 仲裁判決の結果は中国に対して厳しいものとなりましたが、東南アジア諸国との関係の構築については、これからのことだと考えているのでしょう。
 南シナ海における行動は、一つ一つ既成事実の積み重ねです。
 実効支配を拡大させています。

 対日関係は、日本人の視点からすれば、結局のところ日米同盟を強化させてしまいましたから失敗したのではないか、というように思えます。
 対韓国では高高度防衛ミサイル(THAAD)配備について、配備されることは十分に想定していたはずです。

――今年は日本で日中韓首脳会談が予定されています。

加茂氏:
 中国政治は権力の継承の時期ですから、中国との対話をたくさん維持し、発展させてゆくことが大切です。
 日中韓サミットの枠組みは大切です。
 同時に、今の中国政治の意思決定の構造から言えば、東シナ海な南シナ海をめぐる問題について日中両国間での意思疎通を深めるためには、習主席と安倍首相との会談も必要なのですが、それは難しいのでしょうか。

 日本としては中国に対して「法の支配に基づく問題の解決」を繰り返し、また中国と共に「共通の規範」のようなものをつくってゆこうと訴えることが必要でしょう。
 もちろん中国に対しては「力を背景にした対話」という姿勢が重要です。

加茂具樹(かも・ともき)
慶應義塾大学総合政策学部教授。公益財団法人東京財団上席所員、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専門は現代中国政治外交。
1972年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科博士課程修了。博士(政策・メディア)。駐香港日本国総領事館専門調査員、慶應義塾大学法学部専任講師、准教授を経て、2015年4月より現職。11年3月から12年4月までカリフォルニア大学バークレー校現代中国研究センター訪問研究員。13年2月から7月まで台湾・國立政治大学国際事務学院客員准教授。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会、06年)、『党国体制の現在-変容する社会と中国共産党の適応』(共編著、慶應義塾大学出版会、12年)。

○当ウェブ連載中コラム「リエンジニアリングCHINA」はこちら
http://www.newsweekjapan.jp/kamo/



ダイヤモンドオンライン 2016年8月23日 吉田陽介[日中関係研究所研究員]
http://diamond.jp/articles/-/99591

中国で「愛国主義的行動」が愚か者呼ばわりされ始めた

 「蠢貨」という言葉がある。
 日本語に訳せば「愚か者」という意味だが、南シナ海問題をめぐる一連の騒動が起こった際にネット上でよくこの言葉が見られた。
 ここでいう「蠢貨」とは、「日本製品・アメリカ製品ボイコット」を声高に叫ぶ「愛国者」のことを指す。

  「愛国」という言葉は、領土問題など「核心的利益」に触れる問題が起きたときによく使われ、ネット上にその手のコメントが流れる。
 これまで、愛国は「正義の行動」と称えられ、多くの人々に広く支持された。
 なぜか。
 それには「歴史の記憶」がある。
 中国共産党の公式見解によると、中国はアヘン戦争以来、列強に国土を分割され、半封建・半植民地国家になったという。
 このことは古代から世界の大国として君臨してきた中国にとっては大きな屈辱だった。
 ゆえに、習政権は「中華民族の復興」を目指す「中国の夢」を説いているのである。

 だが、「愛国主義的行動」は以前のように「正義の行動」として好意的に見られてはない。
  「愛国」を論じる言論や行為の多くは、瞬く間に人々の支持を失って笑いの的となり、「愚か者」の烙印を押されてしまうのである。
 この「愚か者」は、ネット民だけでなく『人民日報』や新華社など公式メディアにまで批判されることになり、ついには
 「愛国とは蠢貨(愚か者)を抑えることだ」
という言葉がネット上で流行語となった。
 そこで中国のネット上で流れた主な「愛国的」文章を挙げ、ネット民がどのような反応をしたか、見ていきたい。

■「中国は一番だ!」
 という愛国的コメントにネット民は薄い反応

 南シナ海問題をめぐる仲裁裁判所の裁定が明らかになった翌日の7月13日にネット上の有名人である
 作家の咪蒙氏は「永遠に国を愛し、永遠に熱い涙を目に浮かべる」
と題する文章を発表した。
 この文章の内容を簡単に紹介しよう。

まず「最も良い愛国主義教育は海外へ行くことである」とし、外国の食べ物はたまに食べればおいしいと思うが、一定の期間が過ぎたらそうではなくなり、自国のものが食べたくなり、改めて自国の料理の良さが分かるのだと、自身の経験を交えながら述べている。

 次に、外国では買い物は不便だという。
 例えば、外国ではコンビニが密集しておらず、遠くにまで買いに行かなければならなくて不便だが、中国の大都市ではどこでもコンビニがあり、加えて中国ではネット上で何でも買えるのでとても便利だとも述べている。

 また、中国は夜中でも開いている屋台があり、夜型人間も退屈しないので、夜中に街を出歩いても楽しいともいう。

 さらに、現在、中国の国際的地位が上がり、多くの国に認められているので、「私は中国人だ」と言っても、相手の態度は悪くならないと述べている。
 ここでは南シナ海問題についても言及されているが、咪氏によると、
 中国は大きな安心感を与えてくれており、
 フィリピンが騒いだとしても、それは「悪ガキ」が騒いでいる
のであり、その「悪ガキ」が玄関の前で「飴をくれないと、嫌がらせするぞ」と言っても、
 「お父さんは忙しいんだ。あっちへ行ってなさい」
と言えるのだという。

 以上が咪蒙氏の文章の主な内容だが、それに貫かれている考えは「やっぱり中国はいいよね」のレベルであり、偏狭なナショナリズムを煽るという類のものではなく、確固たる政治的信条は見られない。
 咪蒙氏は恐らく「愛国的」ネット民の受けを狙ったのだろう。

 では、ネット民の反応はどうだったか。
 「よく言ってくれた。(この文章は)中国人の心の声を伝えている」
といった「愛国的な」コメントももちろんあったが、
 「頭の良くない社会の底辺のやつらが愛国を語るのを好むのだ」、
 「愛国は正しいことだが、口だけではいけない。
 国と社会に貢献しなければならない」
といった冷めたコメントや、
 「幼稚」
 「何の内容もない」、
 「彼女はいやしい人間だ。
 他の人が国を罵っているときは一緒になって罵り、国を愛していると言えば、一緒になってそう言う」
といった罵りのコメントも見られた。

 この文章は総じて作者の意図に反して、ネット民はおろか、自分のファンの支持も得られなかった。
 ネット上では、この文章は
 「自分の知名度をさらに上げるために受けを狙って書いたものだ」
と、書いた動機が純粋な愛国心から来たものではないと指摘する声もあった。
 このことは、現在の中国人が一方的に愛国を語る言論に対し、冷めた目で見ていることを示している。

■「10億人を犠牲にするなら、お前が先に死ね!」
過激な「開戦論」にネット怒り心頭!

 領土問題が起こると偏狭なナショナリズムが頭をもたげるため、一部の過激な者は
 「中日両国は戦わなければならない」
と「開戦論」を主張する。
 今回の一連の「愛国」に関する言論にも「開戦論」を前提とした考えがネット上に発表された。

 著名な歴史教師である紀連海氏は7月14日、微博(ウェイボー、中国版ツイッター)で、南シナ海問題について
 「南中国海仲裁案は一枚の紙くずだ。
 (もしアメリカが中国の領域に入ってくるなら)一戦を惜しんではならない。
 中国は10億人が犠牲になったとしても世界第二の人口大国であり続けることができる。
 アメリカは3億人死んだら、あとどのくらい残るのか?
 今の時代は大国間の力比べなのだ」
と発言した。

 これがネット上に流れるや、紀氏の微博のコメント欄には、多くのコメントが寄せられた。それは三つの種類に分かれる。

★.第一に、典型的な愛国主義的なコメントである。

 「私は祖国を愛している。
 国の滅亡は、国民に責任があるので、一切を惜しむことなく国を守らなければならない」
 「西側の国のやつらは平和主義の看板を掲げて、いたるところで挑発を繰り返している。
 遅かれ早かれ報いを受けることになるだろう」

 この手のコメントはアメリカを批判し、「私は中央を支持する」といった中国共産党と中国政府への支持を表明する文字通り「愛国的・愛党的」コメントで、かつての反帝国主義運動のスローガンと大差ない。
 紀氏の発言に対しても「(戦争になったら)自分は後方支援をする」など好意的であった。

★.第二に、罵りのコメントである。

 「お前が先に死ね」
 「あんたは南中国海戦争に行くんだな」
 「14億人死んだら、亡国ではないのか」
 「低レベルな話だ」
 「紀連海は人間のクズだ」

 上に挙げた例のように、批判は「10億人犠牲」に集中している。
 10億人が犠牲になるという紀氏の発言が自分たちを見下しているのではとネット民はとったようだ。

★.第三に、行き過ぎた考えを穏やかに批判する声である。

 「10億というのはどんな概念なのか?
 中国人の命は価値がないということなのか。
 南中国海、東中国海の争いは利益をめぐるものであり、目的は利益だ。
 多くの手段によって目的は達せられ、今の中国はとりうる手段が多い」
 「盲目的な愛国は国に害をもたらす。
 人の気持ちが分からず、人命を軽視する学者に愛国を語る資格があるのか?
 愛国には戦争が必要で、10億人の命と引き換えにするというのか。
 戦争は特別な状況下で起こった虐殺である」

 この手のコメントは感情的に罵るのではなく、上の例のように割合理性的に相手の発言を批判する。

 紀氏の発言に対するコメントは批判的なものが愛国的なそれを上回り、とくに紀氏を「血に飢えたやつ」などと罵る声が多かった。

 紀氏の「10億人犠牲論」にメディアも反論した。
 香港のフェニックステレビ系のウェブメディア「鳳凰網」は微信上で
 「『10億人犠牲論』は愛国の名を借りた非理性的な考えだ」
と題した記事を掲載し、「10億の命と南中国海仲裁案という『紙くず』またはある国の利益と、一体どちらが重要なのか」と人命を軽視する紀氏の発言を批判した。
 さらに、「国民の生命は最も重要な国家利益」として、国益を無視した愛国を戒めた。

 また、大手ポータルサイト「捜孤」が発表した
 「愛国は内部分裂を引き起こし、内部の者への敵意を作りだすものではない」
と題した記事は、
 「(愛国者が)盲目的愛国というモノサシで同胞をランク付けすれば、同胞を犠牲にしてもいい『10億人』、打倒されてもいい非愛国の人々に分けてしまう」
と述べて、「10億人犠牲論」に反論した。
 この反論は紀氏を罵るコメントを残したネット民の立場に立ったものといえよう。

 記事はさらに
 「こうしたやり方は愛国の名を借りて、残酷で人々を恐怖させる雰囲気を醸し出し、社会を不安に陥れることになり、それはすでに現在の社会の不安定要因になっている」
と、公共の場となっているネット空間での不用意な発言は社会不安につながると警告している。

 紀氏の発言は必ずしも開戦を呼びかけたものではなく、怒りの感情をぶつけたレベルのもので、「酒の席での与太話」のようなものである。
 だが、ネット上に発表されてしまったために、「10億人犠牲論」がクローズアップされすぎて、ネット民はおろかメディアにも批判されることになったのである。

■「外国製品ボイコット」は
 いまや「英雄的行為」ではなく「違法行為」に

 次に「外国製品ボイコット」運動の変化について触れよう。

  「外国製品ボイコット」は中国人の「歴史の記憶」から来る行為である。
 「戦争と革命の時代」の中国は帝国主義列強に侵略され、搾取されていた。
 この現状を変えるのは革命的行動であって、「帝国主義反対」が中国革命のスローガンのひとつであった。
 「外国製品ボイコット」は「反帝国主義」運動の一環で、「英雄的行為」だったわけだ。

 そのため、中国の「核心的利益」に触れる問題が起こると「○○の商品をボイコットせよ」というスローガンを叫ぶ者が出てくる。
 最近では、南シナ海問題の影響を受けてその手のスローガンが見られた。

 例えば、ネット上で、「アップル社製の携帯電話で『撃沈』という文字を入力すると、入力システムによってその二文字の後ろに自動的に『中国』という文字が加えられる」という情報が流れ、これをアメリカの陰謀だとして「中国人はアップル社製の携帯電話を買うな、使うな」と呼びかける動きがあった。
 だが、これはすぐに検証され、一部の者が捏造した話だということがわかった。

 新華社もこうした動きを看過できず、「自らを痛めつけるのは愛国ではない」と題した記事を発表し、
 「もし我々が誤った思考から抜け出すことができたなら、より理性的行動をとり、愛国の理念を行動に変えて、自分の持ち場でしっかりと仕事をし、地に足をつけて国の発展のために力の限り貢献する、これこそが現実的かつ効果的な愛国である」
と述べた。
 新華社の記事は、誤った思考を脱して理性的愛国を貫き、愛国が偏狭な民族主義に利用されないよう警戒するよう呼びかけた。

 今回の「○○の製品をボイコット」運動の盛り上がりを示す典型例は「KFC(ケンタッキーフライドチキン)ボイコット」事件である。
 7月17日、河北省楽亭県のKFCの入口に、多くの人たちが「君たちが食べているのはアメリカのKFC、つぶしているのは祖先の顔」と書かれた横断幕をもって押しかけ、店を取り囲み、スローガンを叫んで飲食客の入店を邪魔した映像がネット上に流れた。
 これに対し、『人民日報』は翌日、評論記事を掲載し、現政権が堅持している「依法治国(法に基づいて国を治める)」の観点からこうした行為を批判し、次のように述べている。

 「現在の世界では、法理こそが最も説得力のある『共通の言語』であり、現在の中国では、法治こそが民族の復興を根本的に保障するものである。
 法の精神で法の濫用に反対してこそ、我々は世界で尊敬され支持を得るのだ。
 同様に、法律を尊重し、他人の合法的権利を尊重すれば、愛国の熱情は「わけの分からない愛」とはなりえないし、盲目的な衝動と過激な行動を引き起こし、同胞間の争いに発展することはなくなるだろう」

かつての「外国製品ボイコット」は愛国主義者の「英雄的行動」であり、国を愛するがゆえの蛮行には罪はない、すなわち「愛国無罪」とされた。
 だが、現在は「戦争と革命の時代」ではなく、
 国家建設を重視する時代であり、革命的時代の論理に基づく過激な行動は「チンピラ」となってしまう。
 現在、習政権は社会秩序の安定を重視しており、こうした現象は明らかに社会不安を招く恐れがあるため、『人民日報』はそれを戒める記事を発表したのだろう。

■本当の「愛国的行為」は
「自分の仕事にしっかり取り組む」こと

  「KFCボイコット」事件に対し最も辛口の評論を発表したのは、新聞記者の李暁鵬氏だった。
 李氏は微信(WeChat)の個人アカウント「鵬看」に「愛国を行うにはまず蠢貨を抑えることが必要だ」との記事を投稿し、KFCの入口で横断幕を持って立っている者は蠢貨(愚か者)であり、法律違反の疑いがあるとストレートに述べた。

 李氏の投稿記事は、
 「愛国はいろいろな商品をボイコットすることではなく、何よりもまず蠢貨を抑えるようになる必要がある。
 君が中国で、中国は君だ。
 君が蠢貨なら、中国は愚か者となるし、君がバカなら、中国は人々に軽視されるだろう。
 さもなければ、君は愛国の二文字をぶち壊しているのだ」
と主張している。
 さらに、
 「愛国の大きな旗は、蔡洋(2012年9月28日に西安の反日デモで日本車に乗っていた人に重傷を負わせて懲役10年の判決を受けた青年)のようなチンピラ無産者を守るものになってしまった」
と述べた。
 この記事は微信上に広く拡散した。

 7月18日に、慧超氏がアカウント「思維補丁」に投稿した
 「日本製品・アメリカ製品・フィリピン製品ボイコットよりも、蠢貨を抑えるほうがもっと重要だ」
と題する記事もネット上に広がった。
 ここでは望ましい「愛国」についてこう述べている。

  「もし君が本当にこの国を愛しているのなら、一個人ができる最も好ましい愛国的行為、つまり自分のなすべきことにしっかり取り組むことだ。
 学生は勉強に励み、
 職員・労働者は仕事に励み、
 軍人は訓練に励み、
 科学研究従事者は一生懸命研究して他国の技術に一日も早く追いつき追い越せるよう努め、
 公務員は公正廉潔を旨をして人民の仕事と生活がさらに良くなるよう取り組む、
 これこそが最も好ましい『愛国的行為』である」

 さらに7月下旬、「愚蠢(愚か者)」「蠢貨」という二つの言葉が微信の「友達の輪」の中で広く、そして勢いよく拡散した。
 これまでの「理をもって堂々とした態度で、強い調子で愛国の情を訴える」という「愛国」はほとんど見られなくなった。

 微博ユーザーの「@湖海散人」は中国人の「愛国的行動」の変化について、
 「その数は前回の『日本製品ボイコット運動』よりもはるかに少ない。
 しかも一部のボイコットを叫ぶスローガンは、実は『突っ込みを入れる』くらいのもので、さらに言えば、自分自身で楽しむもの、誰かとからかい合うものになっている」
と述べ、
 「事件そのものが『娯楽化』している」
と分析している。

 同氏が指摘した「娯楽化」は、中国人の考え方が変わったことを示している。
 ここまで紹介したネット民のコメントも、強い調子のものもあったが、それ自体何かを目指しているものではない。
 ただ「突っ込み」を入れて楽しんでいるレベルで、同調者の団結を目指しているとは思えない。
 彼らの関心は天下国家よりも、自分の生活に向いており、精神生活を豊かにするための手段として「突っ込み」を楽しんでいるのだろう。
 ただ、ネット空間で悪質な言論もあり、ユーザーの「公共意識」の向上は今後の課題である。

 以上、中国の「愛国」に関する考えの変化について見てきたが、どうしてそのような変が起こったのだろうか。
 筆者は三つの原因があると考える。

★.第一に、中国人の価値観の「多様化」が挙げられる。
 毛沢東時代は伝統的な社会主義理念が人々の共通の価値観だったが、
 改革開放以降は、以前のように政府が外国の情報をシャットアウトするのが難しくなり、人々はさまざまな情報に接することがきるようになった。
 それと同時に欧米の価値観が入ってきて、伝統的な社会主義的理念が絶対的価値観ではなくなり、人々の価値観も多様化していった。

★.第二に、「主義・主張」よりも実際の生活を大切にするという中国人の態度である。
 中国が半植民地・半封建国状態にあったとき、開明的な人たちは「中国を改造」し、人々に幸福をもたらすものとして社会主義を自らの理念として革命運動を繰り広げ、また革命に目覚めた学生も外国製品ボイコットやデモ行進などで列強の侵略行為に抗議した。

 だが、現在、中国の人々は「主義・主張」にはまったく興味がなく、自分の生活がよければそれでいいと考えている。
 筆者と交流のある中国人も
 「社会主義とか考えたことない。自分の生活をよくしてくれるなら何でもいい」
と考えている。
 だから、ラディカルな愛国主義運動には興味を示さず、
 「自分のやるべきことをしっかりやる。それが愛国だ」
というのである。

★.第三に、行き過ぎた「愛国的行動」は中国の国家イメージを損なう恐れがあるからである。
 現在中国は改革開放前とは違い、世界の政治・経済で存在感を増してきており、自己中心的なふるまいをするとたちまち世界各国から批判される。
 南シナ海問題、尖閣諸島問題で中国の対応が各国から注目され、様々な議論がなされるのも中国の国力が著しく向上した証拠で、大国にふさわしい行動が求められている。
 そのため、国家イメージを保つことは中国にとって重要なことである。

 例えば、ここ数年、海外に旅行した中国人観光客のマナーが中国でも問題になっているが、マナーの悪い一部観光客の行動が中国の国家イメージを傷つけるためである。
 行き過ぎた「愛国的行動」も中国の国家イメージに悪影響を及ぼす可能性があるため、公的メディアも看過できなくなったのである。

 現在、中国は「歴史の記憶」は残っているものの、偏狭なナショナリズムを抑え、理性的に行動するようになっている。
 中国政府の規制も多少は関係しているだろうが、人々の資質が向上していることも確かである。
 中国はゆっくりではあるが、変わっている。







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