人間とはただ増えればいいというものではない。
地球の大きさが決まっている以上、無限の人口を抱え込むのは不可能である。
増えすぎた人間は、地球規模の環境変化が起こるか、あるいは意図的に戦争でも起こして人口を減らすかしない限り収まらない。
生態的・社会的にピークに達したものは必然的に超高齢化を迎える。
遅かれ早かれ地球人口は超高齢化を迎えざるをえない。
それをどうやって日常のこととして処理していくかである。
この事態に世界ではじめて遭遇したのが日本ということになる。
まずは人口増加を抑え、超高齢化にいかに対処していくか、という歴史的試みが進行していくことになる。
人間を「馬力」としかみない経済学ではこの事態を乗り越えることはできない。
中国は「一人っ子政策」という劇薬を歴史実験に使った。
どういう形でとはいえないが、この副作用は徐々に出てくるだろう。
しかし、中国はこの一人っ子政策によって人口を抑えることで豊かになった。
人はただ増えればいいものではない。
自然環境や社会環境という構造体の中で暮らしているかぎり、見合う数というものがある。
増え過ぎれば、生態的にその環境に適合しないとみなし、
自己保存という生物法則で自ら減らし始める。
日本はそういう状態に入っている。
『
ダイヤモンドオンライン 2016年8月31日 本川 裕 [統計データ分析家]
http://diamond.jp/articles/-/100361
日本の超高齢化を「見える化」したらやはりトンデモなかった
■世界のすべての国と比較
やはり日本の高齢化率は世界一
年齢別人口は大きく
★.年少人口(0~14歳)、
★.生産年齢人口(15~64歳)、
★.高齢人口(65歳以上)
に3区分される。
生産年齢人口は働く世代を意味している。
今は先進国では高卒年齢でないと働く者は少ないが、従来からの考え方で15歳が区切りとなっている。
また高齢人口も定年も平均寿命も昔より伸びた今では65歳でなく70歳を区切りにした方が適切かもしれない。
しかし、この区分は、統計の継続性に加えて、共通に決めてあること自体が有用なので、国際的にもなお通用している。
★.高齢化率は、特に断らない限り、総人口に占める65歳以上の高齢人口の割合を指す
のが普通である。
日本の高齢化が世界一であることはしばしば言及されているので知っている人は多いだろう。
しかし、どの程度、世界一なのかについては、すべての国の高齢化率が同時に図示されたことがことがないので、ピンとこないのではなかろうか。
そこで今回は、まず、高齢化率のデータが得られる世界の全部の国の高齢化率のグラフを示した。
おそらく本邦初の試みだと思う。
◆図1 日本は世界一の高齢化国
──高齢化率の国際比較(2015年)
高齢化率は日本が26.7%で世界一高く、
日本に次いで高いヨーロッパのイタリア、ギリシャ、ドイツのそれぞれ22.4%、21.4%、21.2%を大きく上回っている。
人口10万人そこそこの国まで含めて200ヵ国弱の国の中で人口1億人以上の国である日本が全体として紛れもなく世界一なのだから驚く。
本格高齢社会という人類の未体験ゾーンに向かって、
幸か不幸か、日本がまず真っ先に突き進んでいる
ことがこの図から実感できるのではなかろうか。
日本が属する東アジア・太平洋では、香港、オーストラリア、ニュージーランドが15%前後で比較的高齢化しているが、日本と比べるとずいぶん低い。
さらに、韓国、シンガポール、タイ、中国、北朝鮮と中国からは10%を切ってだんだんと高齢化率が低くなっていく。
後段で見るとおり、今は若い韓国や中国もいずれは大きく高齢化率が高まってくると予測されている。
東南アジア諸国はシンガポール、タイを除くと高齢化率は5%前後とかなり低い水準の国が多い。
米国の高齢化率は欧米の中では低い点など、そのほか、地域別、国別にいろいろな特徴が見て取れるがこれ以上の読み取りは読者に任せて、この図のコメントはこの辺で控えておこう。
ちなみに世界一高い日本に対して、世界で最も高齢化率が低いのは、アラブ首長国連邦であり、値は1.1%である。
何と100人に1人しか65歳以上の国民がいないのである。
■若者の国のオリンピックから
老人の国のオリンピックへ
日本の高齢化の特徴は、現時点で世界一である点に加えて、主要国の中で極めて急速な高齢化のテンポをたどっている点にある。
この点を「見える化」するため、主要国における19世紀からの高齢化率の長期推移と今後の21世紀中の将来推計の数値をグラフにした(図-2)。
日本が他の主要国、特に欧米諸国と比べて、非常に若い国だったのが、他国にないテンポで高齢化率を上昇させ、さらに21世紀を通して、世界一の高齢化の水準を維持する見込みだということが明確に示されていると思う。
象徴的なのは、1964年の東京オリンピックと2020年開催予定の東京オリンピックという二つの時点の高齢化率の世界の中での位置である。
1964年の時点で主要先進国と比べて最も若い国としてオリンピックを開催した日本は、2020年には、ずば抜けて高い高齢化率の国、いわば紛れもない老人の国として世界から人びとを迎えることになるのである。
そういう意味では、いい悪いは別にして、79歳の森喜朗元首相が東京オリンピックの組織委員会会長なのは絵に描いたような人事だともいえる。
オリンピック競技を観戦するため日本を訪れる世界の人びとは、同時に、高齢化が抱える深刻な問題の数々をどのように日本は解決しているか、解決しようとしているかを自分の目で観察しようとしてやってくる。
なぜなら日本の最先端の高齢化水準は自分たちの将来の姿だからである。
深刻化する社会保障の財源問題、
高齢者の社会参加や健康維持、
シルバー民主主義の弊害への対処
などに対して
日本は世界の参考となる解決法を提示できるのであろうか。
図2 若者の国から老人の国へ
──主要国における人口高齢化率の長期推移・将来推計
©本川裕 ダイヤモンド社 2016 禁無断転載
国内に日本とは年代がずれているが同じように大きな塊のベビーブーム世代を抱え、また現在は少子化している中国や韓国では、今は若い年齢構成であるが、将来、日本と同様、あるいは日本以上に急速な高齢化に見舞われることも図からうかがい知ることができる。
なお、日本の公式推計に比べて日本の高齢化率の国連推計値が低い水準になっているが、これは、
将来人口推計に当たって、いずれの国でも出生率の水準がいずれは人口置換水準(2+α)に収束してくると仮定されているためである。
つまり日本の場合は現在の水準からかなり上昇すると仮定されているからである。
従って国連の将来推計は日本については推計値と言うより目標値に近い結果となっているのである。
■増える百歳以上の超高齢者
2015年には6万人超え
65歳以上の高齢者は、75歳未満の前期高齢者と
75歳以上の後期高齢者
に区分されることがある。
健康上の問題や要介護の割合などから同じ高齢者でも両者を区分した方がよい場合も多いからである。
高齢化比率が上昇する中、ケアの必要性がより高い後期高齢者の比率はそれ以上のテンポで上昇する点が指摘されている。
ここでは、この点は省略し、高齢者の中でも以前なら本当に希な存在だった
百歳以上のいわば「超」高齢者が最近は大きく増えている点を最後に視覚化しておこう。
図3 超高齢者の増加
──百歳以上高齢者数の年次推移
©本川裕 ダイヤモンド社 2016 禁無断転載
図4 超高齢者の国際比較
──百歳以上人口の多い上位5カ国(2015年)
©本川裕 ダイヤモンド社 2016 禁無断転載
百歳以上の高齢者数は、厚生労働省の資料によれば、1963年には153人に過ぎなかったのが、1981年には1000人を超え、1998年には1万人を超え、2012年には5万人を、2015年には6万人を越えた。
男女別では女性が87.0%と圧倒的に多くなっている。
百歳以上の超高齢者を英語ではcentenarianと呼ぶが、国際比較のデータを見ると、世界で百歳以上の人数が最も多いのは、日本でなく米国である。
しかし、人口の母数が13億人の中国よりは百歳以上に限ると日本の方がかなり多い。
もちろん、人口当たりの比率では2位のイタリアを上回って日本が最も高い。
以上、日本はいずれの面から見ても世界一の高齢者大国であることが視覚的に明らかとなったのではなかろうか。
』
『
人民網日本語版配信日時:2016年9月1日(木) 20時40分
http://www.recordchina.co.jp/a149240.html
2050年世界人口は99億人に、
人口大国・中国は減少を予測―米調査機関
米国の人口調査機関がこのほど、2050年の世界人口は、現在の74億人より33%多い99億人に達するとする予測を発表した。
参考消息が伝えた。
キューバの通信社「Prensa Latina」の報道によると、同機関の責任者が
「世界の出生率は低下しているが、予想人口はペースを速めながら増加の一途をたどっており、
2053年には世界人口が100億人に達する」
と予想した。
報道によると、
★.人口が減少すると予測されている国は42カ国で、
それらの国は主にアジアやラテンアメリカ、欧州に位置する。
そのうち、中国の人口は3400万人減少すると予測されている。
★.一方で、アフリカのナイジェリアなど、出生率が最も高い国の人口は、現在の3倍以上になると予測されている。
報道によると、
★.ラテンアメリカの人口は、2億2300万人増加にとどまり、
★.アジアは約9億人増加する
と予測されている。
★.また、オーストラリアやニュージーランドを含むオセアニアは4000万人から6600万人に増加する
と予測されている。
(提供/人民網日本語版・編集KN)
』
サーチナニュース 2016-08-31 17:09
http://news.searchina.net/id/1617725?page=1
「超高齢化社会」を迎えることになる日本、
どう対処するのか=中国
日本は高齢化が急速に進んでおり、まもなくアジア初の「超高齢化社会」になるようだ。
中国メディアの科技世界網は27日、日本の高齢化社会に対する取り組みについて紹介する記事を掲載した。
記事は、日本のみならずアジア各国で高齢化が進んでいるものの、
日本は2030年頃までに高齢者の占める割合が28%という初めての「超高齢化社会」になる見込み
だと紹介。
超高齢化社会に伴う国民の負担は大きく、介護費用は2015年の5倍にもなる見通しだという。
★.この問題に日本はどのように対処するのだろうか。
●記事は、経済産業省が「介護ロボット開発」を重視していると紹介。
大量生産に向けた研究開発への補助に力を入れているとし、日本企業も積極的にロボット開発に取り組んでおり、14年9月の時点で、すでに100以上の企業が経済産業省や新エネルギー・産業技術総合開発機構のパートナーとして名乗りを上げたという。
例えばパナソニックは革新的なベッド型ロボットや、自立支援型起立歩行アシストロボットを開発したことを紹介した。
●記事がもう1つ注目したのが、日本の大学などの研究機構によるロボット開発だ。
東京理科大学の小林宏准教授が研究を進めているのは画期的な「マッスル(筋肉)スーツ」で、機械が人の代わりに作業するのではなく、あくまで作業補助装置として、人の筋肉の力を補強することで作業を楽にするというコンセプトだと紹介。
圧縮空気を出し入れすることで特殊繊維でできた人工筋肉が収縮し、最大30キロ分を補助し、重いものを持ったり体を屈めたりする作業がしやすくなるというものだ。
日本の高齢化という社会問題も、日本の得意とする科学技術分野でこれだけの取り組みがされているというのは頼もしいかぎりだ。
★.高齢化社会は日本経済にとっては逆境といえるが、
ロボットの市場規模は今後さらに拡大を続けることが期待されており、ロボットによって生産性の向上、ひいては日本経済の発展につながることを心から期待したいものだ。
』
『
サーチナニュース 2016-09-01 14:49
http://news.searchina.net/id/1617817?page=1
世界規模で進む「高齢化」、
特に日本は真っ先に「老いる国」=中国
人は誕生したあと幼少期や成長期を経て中年期に入り、そしてやがて誰もが高齢者になる。
これは人間であれば誰もが通る道であり、個人レベルでの老衰に何か異常な問題があるということはない
しかし、国家的な視野で老衰という問題を見ると、かなり様相が異なってくる。
現在、世界規模で「高齢化」が進んでいるのだという。
中国メディアの参考消息はこのほど、シンガポールメディアの報道を引用し、
アジアは世界で最も高齢化が進んでおり、そのなかでも日本は真っ先に「老いる国」だと伝えている。
アジア全体の高齢化について、記事は
「2030年までにアジアでは65歳以上の人口が約2億人にまで増える」
と説明、高齢者を支えるための費用は2015年の4倍にあたる25億ドル(約2578億円)にまで膨れ上がると紹介。
また、医療保険に関する支出額は最大20兆ドル(2061兆円)に達する可能性があることを伝えた。
結果として「人口の高齢化はアジア太平洋各国の医療保険システムに大きな圧力となり、一般家庭の負担がさらに重くなる」と説明。
さらに記事は
「アジア太平洋地域の高齢化は世界のどの地域よりも進んでいる」
と紹介したうえで、
「日本は超高齢化社会を最初に経験するだろう」と指摘。
日本は2030年までに総人口に対する高齢者人口の比率は28%にまで上昇すると紹介した。
1人1人の個人にとっては寿命が延びること自体は望ましいことだと言えよう。
従って課題は、支援を必要としている高齢者を支えるためのシステム作りだ。
また働くことのできる高齢者にそうした機会を積極的に提供する制度も必要だろう。
世界規模で「高齢化」が進んでいる今、最初に超高齢化社会を経験する
日本が真っ先に問題解決にあたることができる
というこだ。
つまり、世界各国が将来的に直面する可能性のある高齢化問題に対して、
解決策を提供することで新たなビジネスにつなげることができるのも日本だ
といえる。
』
『
Record china配信日時:2016年9月3日(土) 7時50分
http://www.recordchina.co.jp/a149224.html
日中に危機!
高齢化で日本は「死の国」に、
このままでは中国も同じ運命―中国メディア
2016年9月1日、欧米の関連機関のデータによると、2050年世界人口は100億人に迫り、欧米諸国の人口が増加する一方、アジアでは人口減少が目立つとみられている。
中国メディア・捜狐が伝えた。
中でも高齢化が深刻な日本は顕著で、年間死亡者数は2039年にピークを迎え167万人に達すると予想されている。
こうした予想に日本では「多死社会」の報道が目立ち、海外メディアでは日本を「死の国」と表現するケースも見られる。
人口の減少と高齢化の拡大は日本の発展を大きく遅らせており、社会の重圧となっている。
こうした問題は中国にとっても他人事ではない。
中国の高齢者人口の増加速度は世界一で、日本同様の問題を抱えている。
日本の窮地を前に中国も危機感を抱くべきだろう。
現状では、中国の一部の都市で労働力不足がすでに発生しており、この状況が続くと中国が日本と同じ運命をたどることは避けられない。
』
『
WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2016年09月05日(Mon) 塚崎公義 (久留米大学商学部教授)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7677
一人当たりGDPがイタリア並みでも日本経済は素晴らしい
イタリアというと、「ローマ帝国の歴史は素晴らしいが、今の経済は低迷している」、というイメージが強いのですが、なんと2014年の一人当たり名目GDPは、日本とほとんど同じなのです。
夏のバカンスを充分楽しみ、それ以外の時も「難しい顔をせずに」働いているイタリア人と、いつでも難しい顔で働いている日本人の年間GDPが同じだなんて、兎小屋に住むワーカホリック(日本のサラリーマンを指す昔の流行語。
狭い家に住む働き中毒という意味)には、到底受け入れ難い統計です。
しかし実際には、日本人とイタリア人の豊かさは異なりますので、過度に悲観する必要はありません。
今回は、日本とイタリアの経済の差について、考えてみましょう。
■日本人はイタリア人より豊かに暮らしている
はじめに、現在の日本人はイタリア人よりも豊かに暮らしているので、カリカリしなくても大丈夫、という話をしましょう。
第一に、為替レートの話、第二に、品質の比較の話です。
2014年は、円安ユーロ高でした。
その時の為替レートで換算すると日本とイタリアの一人当たり名目GDPが同じだったという事は、その後に円高ユーロ安が進んでいることを考えると、今の為替レートで換算すると、一人当たり名目GDPは日本の方が遥かに大きい、という事になります。
このように、為替レートが動くと「一人当たり名目GDPの国際比較」が大きく変化するので、注意が必要なのですが、そのあたりの話は別の機会に譲りましょう。
いまひとつ、「日本人とイタリア人が同じものを使っている」という場合に、品質をどう比較するのか、という問題があります。
たとえば日本の電車は非常に正確に動いています。
5分遅れると車内放送でお詫びが流れます。
そんな国はどこにも無いでしょう。
少なくとも、イタリアは絶対に違います。
その違いを無視して、
「イタリアでも日本でも一人の乗客を100キロメートル運んでいるから同じGDPだ」
といった計算する事が問題なのです。
豊かさという点では、電車が定時運行している国の方が豊かでしょう。
その分がGDPの計算には織り込まれていないのです。
■日本が過剰品質なのは、確かなようだが……
電車を定時運行するためのコストは、おそらく非常に大きいでしょう。
たとえば、何かあった時のために交代要因が各駅に待機しているかもしれません。
簡単な故障なら自分で修理できるように全員が講習を受けているかもしれません。
「30分までなら遅れても良い」ということだと、交代要因や修理工が30分以内に到着すれば良いですから、もしかすると会社全体の仕事量が1割減るかも知れません。
そうだとすると、日本の鉄道はイタリアの鉄道より、1割多いサービスを提供しているということになるはずです。
その分だけ日本のGDPが大きくなっても良いのでしょうが、実際のGDP統計にはその違いは反映されていないのです。
「5分遅れるとお詫びするのは過剰サービスだ。
30分までの遅れは認める代わりに、運賃を10%引き下げるべきだ(あるいは鉄道職員は1割早く帰宅すべきだ)」
というのは簡単ですが、問題は消費者が正確性を求めていることです。
「頻繁に30分遅れるが10%安い鉄道会社」と「滅多に遅れないが料金が高い鉄道会社」があったとすると、イタリア人消費者は前者を、日本人消費者は後者を選ぶのでしょう。
だから、両国で異なるサービスが提供されているのでしょう。
なにしろ、製造業の世界でも、
「日本の消費者は世界一うるさい。
うるさい消費者に鍛えられたから日本製品は故障しにくいと世界で評判なのだ」
と言われているくらいですから。
■バブル後の長期低迷は、日本人の勤勉と倹約の結果
バブル崩壊後の日本経済は、長期にわたって低迷を続けました。
日本人がサボっていたなら諦めもつきますが、なんと
「真面目に働いたので大量の物が作られ、
倹約したので物が売れ残り、不況になった」
のです。
アリがキリギリスに負けたような、悔しい話です。
詳しくは末尾に御紹介した拙稿を御覧下さい。
不況になれば、企業は物を作らないので、GDPは増えません。
新しい工場も建ちません。
企業が人を雇わないので、失業した人は消費をしません。
つまり、物が売れないと、廻り廻って一層物が売れなくなる、という悪循環が20年以上も続いて来たわけです。
作った物が1割売れ残るのであれば、日本人が働く時間を1割減らしてバカンスに行けば良いのですが、働き中毒たちは、そうは考えませんでした。
「こんなに働いても貧しいのだから、もっと働こう」と考えたのです。
ここは、イタリア人に学んでも良かったのかも知れません。
しかし、悪いことばかりではありません。
少子高齢化が進んだので、団塊の世代が定年退職したのです。
「人口の10分の1が定年になり、毎日が日曜日になった」ので、「国民全員が年の1割をバカンスで過ごす」
のと同じことが起きたわけです。
■今後の日本経済は少子高齢化による労働力不足で労働が効率化する
たしかに、日本にも問題はあります。
たとえば無駄な残業(急ぐ仕事が終わっても、上司が帰るまでは残業して不急不要の仕事をする)、といった悪弊は、消えて行くことが望ましいでしょう。
それによって日本人の労働生産性は上がって行くでしょう。
そして、今後日本が少子高齢化で労働力不足の時代を迎えると、そうなっていくのです。
今までは、失業者が多かったため、「無駄な残業をさせる会社は嫌だ」と思っても、
「今の会社を辞めても雇ってくれる会社が無いから、仕方なく今の会社で無駄な残業をしている」
という人も多いでしょう。
しかし、労働力不足の時代になれば、「無駄な残業は不要」という会社が出来るでしょうし、
そうした会社に労働力が移動していくので、それ以外の会社側も「無駄な残業は不要」と言わざるを得ず、日本中の企業から無駄な残業が消えるでしょう。
過当競争も、日本人の労働時間を長くしていました。
たとえば各銀行は、貸出競争のために、貸出担当者を借り手企業に日参させているかも知れません。
しかし、借り手が借りる額は資金需要(工場建設計画等々)によって決まっており、その借入需要を銀行が奪い合っているに過ぎないので、銀行員たちの残業は日本人の生活水準の改善には役立っていないわけです。
これを反対から見れば、各銀行が一斉に借り手への日参を止めたとしても、借り手がどこかの銀行に借りに行くだけですから、日本人の生活レベルは落ちません。
銀行員たちの残業が減ったけれども日本国民の生活水準は落ちなかった、ということが期待されるのです。
今までは安い労働力が自由に手に入ったので、各銀行が過当競争を行なう余裕がありましたが、今後は労働力不足ですから、過当競争を繰り広げる余裕がありません。
自行だけが借り手訪問をやめれば顧客を失いますが、ライバル銀行も含めて全行が借り手訪問を止めれば、自行の客は減りませんから、すべての銀行の状況が改善するかも知れません。
■失業対策が不要になれば
労働力が国民生活向上に活用されるようになる
失業問題が解消すれば、失業対策として「無駄な(日本人の生活を便利にしない)」公共投資が行なわれる必要も無いでしょう。
失業者を雇って山奥に道路を作らせると、日本人の労働量は増えますが、日本人の生活レベルは上がりません。
そうした仕事が無くなることは、日本人全体としては
「少ない仕事で同じ生活レベルが保てるので、素晴らしい」
ということになるわけです。
当然ながら、各企業では効率化投資も活発化するでしょう。
今まではアルバイトが安く雇えていたので、飲食店はアルバイトに皿洗いをさせていましたが、これからは自動食器洗い機を買う飲食店が増えるでしょう。
それにより、日本人一人当たりのGDPは増えて行くわけです。
そうした流れが続けば、日本人一人あたりの生産力は増大していき、「イタリアに比べて日本の方が遥かに一人当たりのGDPが大きい」という時代が来るかも知れません。
高齢者の比率が増えるので、人口一人当たりの生産量で比べると、それほどの差にはならないかも知れませんが、
現役世代人口一人当たりで比べれば、日本の生産量の伸びは(労働生産性と呼びます)は、かなり大きなものとなっていくと期待して良いでしょう。
筆者は「少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代を迎える」と考えているわけですが、労働生産性という面でも、そうなって行くというわけです。
』
『
東洋経済オンライン 2016年09月18日
http://toyokeizai.net/articles/-/135330
「人口減」は、日本が再成長するための武器だ
社会的構造改革を進める条件はそろっている
少子高齢化は実はチャンス!?
国際比較統計を基に日本にとってのベストプラクティス(最良の政策案)を考えると、少子高齢化は実はチャンスだという。
『武器としての人口減社会』を書いた、経済協力開発機構(OECD)東京センター長の村上由美子氏に理由を聞いた。
■高齢化がポジティブに作用する社会
──7月の失業率が発表され、3%でした。
もはや完全雇用で企業が人を雇えないで困っている。
先進国でそんな国は日本しかない。
構造的に失業率が高い国はたくさんあるが、構造的にここまで低い国はないし、おまけにここ2、3年、拍車がかかっている。
これを、国際的に競争優位性を持っている側面だと認識し、国際競争力にしっかり結び付けるのが大事だ。
労働人口の減少が激しく、高齢化も進んでいるのに、それがポジティブに作用する社会は、世界を見渡しても日本以外にない。
──働き方改革の追い風になる?
痛みを伴う構造改革なので抵抗はあるだろう。でも改革しないと日本は前に進めない。
優秀な人材がいても、それを活用しない社会になってきている。
それを破らないといけない。
これほど雇用の需給が逼迫している状況だけに進めやすいはずだ。
AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を含めITを活用して産業革命を進めようとしている国は日本を含めてたくさんある。
中でも日本の場合は関連失業を気にせず推進する条件が整っている。
もちろんその際に、痛みがないとはいえない。
労働市場に流動性がなければ仕事にあぶれる人たちも出てくる。
しかし、彼らを再トレーニングして新しいビジネスに活かす基本的な条件はほかの国に比べ秀でている。
つまり日本は社会的な構造改革を進める条件にも優れているのだ。
──再トレーニングですか。
まずは人材のそもそもの質が問題になる。
それが日本は高い。調査し比較すると、数的思考力、読解力とも世界でナンバーワン。
ITを使った問題解決力は劣るとしても、それぞれ総合的に見たときに共に一番だ。
しかも年齢別で中高年のレベルは断トツだ。
基本的な教育の学校システムが整っているのに加え、培ってきた終身雇用制で企業が人材を育成するのが文化になっている。
しっかり学校教育を受けた人材が、会社に入ってからもきちんと育てられて能力をつけていく。中でも40代、50代のレベルは高い。
これは衰退企業からシフトする際のスキル再訓練での吸収力が高いことを示すといっていい。
■終身雇用制の弊害
●村上由美子(むらかみ ゆみこ)/上智大学外国語学部卒業。
米スタンフォード大学大学院国際関係学修士課程修了後、国際連合で国連開発計画や国連平和維持軍などの任務に携わる。
任期終了後、米ハーバード大学大学院でMBA取得。米ゴールドマン・サックスでロンドン、ニューヨーク、東京勤務などを経て、2013年から現職
──一方で、労働市場に流動性が乏しいといわれます。
日本の労働市場の特徴である終身雇用制が影を落とし、労働市場に流動性を生まない。
新卒入社後30年間なり40年間なり、育て訓練する。
会社はその人に投資した分のリターンを生んでもらおうとする。
会社人として育てたはずだからだ。
──「ハイブリッド人事」に変更せよと唱えていますね。
必ずしも終身雇用制が悪いとは思わない。
人を長期的な視野で育成することはいい。
それを抜本的に廃止するのではなく、一部修正しながら競争原理を導入していくのはどうかと言いたい。
たとえば年功序列の性質は消す。
人事部が定年までのレールを敷いてあげるのではなく、若い段階で競争原理を入れていく。
力があると思われる人には、20代後半からストレッチアサインメント(未熟者に重責を課すこと)で能力向上を促す。
そうすれば力量の差がはっきりするし、キャリアの見通しもつけやすい。
──リーダーの選別はどうすれば。
従来、日本では新卒横並びで会社に入って出世競争は遅く始まる。
おおかた40歳ぐらい。
それでは国際競争には勝てない。
20代後半から始めれば、国際的な競争力をつけた人材が育つ可能性も強まる。
新卒者だけを採る、就職活動は横並びでタイミングも画一というのもいただけない
。そこから外れた人はあぶれてしまう。
採用システムに関しては、そこでも門戸を広げ、報酬、昇進については自由競争という原則を取り入れることが重要だ。
──女性活用も喫緊の課題です。
女性が男性並みに仕事をした場合、GDP(国内総生産)の伸び率にどれだけ反映できるかを試算している。
要は倍増になる。
男女の就業率の差が半分になるだけでも、押し上げる力は大きい。
以前は女性の活躍推進を経済問題ではなく、人権問題や社会福祉問題の観点からとらえる見方が主流だった。
お尻に火がつかないと、思い切った施策が出てこない。
──管理職の女性比率といった数値目標がいわれます。
情報開示をするのは一歩前進。
何が起こっているかを知ることができる。
ただ、期待はしているが、どこまで企業が変わっていくか。
経営層、ラインマネジャーのメンタリティまではわからない。
まだ懐疑的なところがある。
不正会計の東芝にしても、ガバナンスに対して形は整えていた。
だが、機能しなかった。
メンタリティでの変化がなかったのではないか。
うまく女性を活用している会社の収益が向上し、さらに日本経済の活性化につながるかは、経営者、ラインマネジャーのメンタリティがどこまで変わるかに懸かってくる。
女性を含めた多様な人たちがビジネスに参加することでダイナミズムが生まれ、それがイノベーションにつながり、そして会社業績に反映する。
そういうロジックで動きうるのか。
とりあえず数字を整えるというわなに陥ってはいけない。
■ヒト、モノ、カネはそろっている
──ヒトに加え、モノ、カネの変化も必要?
日本のイノベーションの力はなかなか具現化できていない。
特許で比較すると、日本の技術力は世界ナンバーワンといってもいいぐらいだ。
ところが、それを商品化できるか、というところで大きな疑問符がつく。
イノベーションの具現化が進まなければ労働生産性が上がらない。
イノベーションを具現化してスケールアップする。
そこのシステムに問題がある。
一つはおカネ。
リスクマネーが少ない一方、中小企業にはゾンビ会社が多すぎて、資金が回ってこない。
──今、金融は超緩和、マイナス金利です。
おカネは極めて潤沢なはず。
経営の3要素、ヒトとモノとカネがそろっているのに、社会システムの問題でうまく結果を生み出せていない。
それを融合的に育みうる環境を作っていく。それも8割はできている。
あと2割について後押しすればガッと伸びるところまで来ている。
──変化すると楽観できる?
そんなに悲観しなくていい。
ハードルがいくつもあるが、それを乗り越える必要条件はしっかりそろっている。
●『武器としての人口減社会』(光文社)
』
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